65 果てしなき祈り
空は晴れていた。
風花が舞っている。遠くの空から飛んできた雪が、日光を受けてきらきらと輝いている。
――荼枳尼天は一度祀ったら最後、終生、祀り続けなければならないと言われているわ。約束を違えれば、何らかの災厄が降りかかるとされる。
りんごを手に提げて進む。真っ直ぐ祠へと進む。
――寺が打ち壊されたことで、荼枳尼天は元の悪鬼に戻ってしまったのかもしれない。それがりんご様。そういう可能性もあるってだけだけどね。
切り妻屋根の小さな木祠だ。観音開きの戸の奥には、御神体だという鏡が――
――夢路さんはどうして直接荼枳尼天を祀る仕組みを作らなかったの?
――元々、夢路が祀られるようになったのはただの偶然だもの。あるいは、そのおかげで夢路は現世とのつながりを持てたのかもしれない。それはともかく、夢路はただその偶然を利用しただけ。夢路の存在だけなら、依代を通じて信じさせることができたから。でも――それとは別に神様がいるなんて夢路にだって確信が持てない。それを他人に信じさせるのは――むずかしいと思った。
三方にりんごを供えた。偽物のりんごだ。はじめて手作りしたりんご。粘土細工の、真っ赤な塊。ニスに濡れててらてらと輝いている。
――何もね、計算ずくでやったわけじゃないのよ。形はどうあれ、死後も自分のことを覚えていてくれる子達がいて、単純に嬉しかったし、それが現世との縁なら、断ち切りたくないと思った。生前には送れなかった青春を、日常を間接的ではあるけれど体験する機会があるならって。
鏡の中で、もう一人の自分が手を合わせて、祈る。願う。
――りんご様という名前も気づけば勝手に作られていた。でも、これはもしかしたら利用できるかもしれないと思った。夢路とりんご様を別々の存在として、祀らせることができるかもしれないって。巫女たちにも気づかれない形で、荼枳尼天を祀らせ、怒りを鎮めることができるかもしれないって。
りんご様、荼枳尼天様、あるいは名前もわからない神様。
――夢路も神道や仏教の伝統にそこまで詳しいわけじゃなかったし、本格的に寺や神社を再建させるのもむずかしいと思った。だから、そう。言わば気休めね。それで巫女の仕組みを作った。
どうか、その怒りをお鎮めください。
――本当に荼枳尼天は存在すると思う? あるいはそう呼ばれる神様のような何かが。
わたしの友達を返してください。
――わからない。きっと誰にもわからないでしょう。
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