27 心憑かれて

「どういう意味?」知佳は尋ねた。

「瑞月の夢路」カナは言った。「誰からコピーしたか、気にならなかったか」


 知佳は少し考えてから答えた。


「……状況的に少し前の巫女にでも会って参考にしたのかなって思ってた。森野さんたちが入学したとき現役の巫女はいなかったはずだし。でも話の流れからすると、天羽先輩なんでしょ?」


 六花は彼女の代では最後の巫女だった。ならば依代を兼ねていても不思議ではない。


「そう。ユキは先代の依代だった」カナは言った。「ユキに会ったときに話を戻すと、あれは入学して少し経った放課後のことだった。瑞月と蒼衣があらかじめユキと校門のとこで待ち合わせしててな。それについていく格好で引き合わされたんだ」


 ――そこにいたのはたしかにユキだけど、ユキじゃなかったんだ。


「そのとき、すでに先輩は依代だった?」

「そう。あのときのユキは、ユキ本人じゃなく夢路の人格だったんだ」カナは言った。「あれには面食らったな。瑞月たちも知らなかったって言うし」

「ホント、手の込んだ冗談だと思ったわ」

「岬さんたちもそれまで知らなかったの? 夢路さんのこと」

「ええ。わたしもみーちゃんも初耳だった。もちろんカナちゃんも」


 それは驚くだろう。

 なぜそのタイミングで夢路の人格になったのかも謎だ。

 当時、カナたちは中学一年生で、巫女になるにしても三年先になる。

 それに――


「あれ、でも変じゃない?」知佳は疑問を呈した。「当時、先輩は中学三年生だったんでしょ。なんでもう依代を継承してるの?」


 早すぎるのだ。六花が何らかの形で巫女とつながりを持っていたとしても、高校に入る前から継承させる必要があるだろうか。


「たしかに、依代は普通、中高なかこうに入学して巫女になってから継承するものだ。それも、先輩の夢路を十分観察した後に」カナは言った。「でも、例外もある。始業式の日に言っただろ。宿


 カナの言わんとすることがわかった。


「それはつまり――」知佳は言った。「先輩がオリジナルの夢路さん――その霊魂を宿した、いわゆる本物の依代だったっていうの?」

「もちろん真偽は不明よ」蒼衣は言った。「でも、それが嘘だとしたら、ゆーさんの夢路さんはどこから現れたのかしら」


 たしかに、それが疑問になってくる。ユキが夢路を演じていたのなら、どこかでその存在を知ったということになる。


「普通に考えるなら、歴代の巫女の誰かから教わった、としか考えられないよね」

「そう」蒼衣は頷いた。「でも――これはわたしたちが巫女になってから調べたことだけど、ゆーさんに夢路さんのことを教えたという巫女は存在しなかった。少なくともゆーさんの学年から遡って過去三年の巫女はみんな否定したわ。依代も、そうでない巫女も。誰も入学前のゆーさんと会ったことすらなかった」


 知佳は考える。始業式の朝のように、第三者が夢路と話す機会が生じる可能性はゼロではない。しかし、巫女やりんご様についてまで言及するとは思えない。

 それに誰も六花と会った記憶がないということは、そもそも会話を交わしたことさえないのだろう。会ったとしても印象に残らないほど短い時間のことだ。

 

「もちろん、誰かがこっそり継承させたって可能性もある」カナは言った。「でも、なんのためにだ? それに、なんでユキだったんだ? そして、なんでユキはそれを引き受けたんだ?」


 わからない。この話が本当なら、きっと誰にも説明できないだろう。六花と、夢路を継承させた何者か以外の誰にも。そんな者が実在するならばの話だが。


「先輩の夢路さんが本物だったとして――巫女以外の、それも中学生の子に憑くこともあるの?」

「ユキの夢路はあるって言ってたけど――そりゃ本人はそう言うだろ?」


 たしかにそれでは何の証拠にもならない。


「少なくとも過去に例はないそうよ」蒼衣は補足した。「ただその可能性を否定する証言もなかった」

「つまり、既存のとは矛盾しない?」

「そういうことだな」


 知佳はちびちび飲んでいたコーヒーを飲み終えた。カナと蒼衣のカップも空になっている。

 喫茶レムリアの店内は相変わらずしっとりとしたピアノ曲が流れている。

 どの曲もどこかで聞いたことがあるのだが、曲名が思い出せない。楽器をやっていればまた違うのだろう。頭に楽譜が浮かべば、音楽は言葉になる。そうすればきっと覚えられる。たまにそんなことを考える。


「小太刀さんが依代になったのは、先輩と一番近しい関係だったから?」


 それはつまり、夢路とも最も接する機会が多かったということだ。夢路を真似るうえでそれだけ有利に働く。


「最終的には、そういう理由になるわね」蒼衣は苦々しそうに言った。「やらせるつもりはなかったんだけど」

「どうし――」


 言いかけて気づく――


 蒼衣は察したように頷く。


「わたしもカナちゃんもゆーさんには可愛がってもらったわ。でも、やっぱりみーちゃんの傷が一番深かったと思う」

「だろうな」カナは言った。「でも、瑞月は自ら志願したんだ。自分が一番うまく夢路を演じられるって」

「性格的に向いてない気もするんだけど」

「まあ、最初はわたしたちしか相手がいなかったし」蒼衣は苦笑した。「みーちゃんはあくまで人見知りなだけで、けっこうおしゃべりなのよ」


 たしかに始業式の日も、蒼衣やカナ相手には普通に話せていた。


「でも、きっとあれは強がりだったのね。わたしたちはそれに甘えてしまった」

「それじゃあ、やっぱり……」

「ああ、本当はやりたくなかったんだろうな」カナは言った。「ただ、自分から言い出した手前、いまさら依代をやめたいとも言いづらいんだろ。だから違う言い訳を設けたのかもな」

「めんどくさいってそういうこと?」

「そうね。もちろん、これはただの推測だけれど」蒼衣は苦笑した。「でも、もしかしたら市川さんが来たからというのもあるかもしれないわね。巫女の人手はそれで足りるから、みーちゃんとしても肩の荷が下りたのかもしれない」

「まだ巫女になるかなんてわからないのに?」

「まあ、そこは瑞月も保険をかけてるんだと思うぞ」カナは言った。「あいつが提出したのはあくまで茶楽部の退部届だし――、巫女をやめるならやめるで必要な手続きもある。それはまだ保留になってるからな。数日、部室に来ないだけじゃ祟りの対象にもならないし――まあ、こうやって推測でどうこう言っててもしょうがないな。せっかくここまで来たんだ。本人に改めて訊いてみるか」

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