23 アダムスキー氏によろしく

「あの二人、誰だったの?」


 ティーセットの片付けを手伝いながら訊く。


 あの後、ポニーテールはカチューシャに引っ張られるようにして作法室を去っていった。カチューシャは最初から乗り気ではなかったらしい。撤退する口実ができてほっとしているように見えた。


「ああ、生徒会だよ。カチューシャの方な。何て言ったっけ」

春風はるかぜ先輩ね。ちなみに、庶務」

「もう一人は?」

「あれはその友達」

城ケ崎じょうがさき先輩って言ってね。正確には春風先輩とはただの同級生でほとんど話したことがないそうよ」

「それ完全な部外者なんじゃ……

「そうとも言うな」


 どうやら、今年度から学校側の体制が変わり、巫女への風当たりが強くなっているらしい。作法室や屋上への出入りが問題視されるようになり、今年度になって生徒会がああやってプレッシャーをかけてくるようになったそうだ。


「はじめは春風先輩だけが来てたんだけど――まあ、ああいう人だから。埒が明かなくて、話を聞いた城ケ崎先輩がいてもたってもいられなくなって無理矢理付き添うようになったみたい。言ってしまえば、ボランティアね」


 手前勝手なボランティアもあったものだ。


「いちおう、教師に一人、巫女のOGがいてな」カナは言った。「そのOGから学校側に働きかけてはいるらしい」

「そうなんだ」

「まあ誰かはわかんないんだけど」


 それはいったいどういう状況なのだろう。


「通称、《魔女》っていってね」蒼衣が補足した。「メールでしかやりとりできないの」

「どうも本人が知られたくないらしくてな。いちおう裏では巫女の活動をサポートしてくれてるらしいけど。それもあって、いまはとりあえず生徒会を派遣して圧力をかけてますよってポーズをしてる段階なんだ。だからこその人選だな。まあ、それもいつまで続くかわからないけど」

「そうなったらまずいんだよね」

「だろうな」カナは欠伸を漏らした。「下手したら三人揃って夢路に消される」


   *** ***


「消されたのよ」


 始業式の放課後、瑞月夢路は言った。


「誰であろう、このりんご様にね」

「どういうこと?」知佳は尋ねた。

「これはオリジナルの夢路が初代依代の口を借りて語ったことらしいんだけどな」カナは言った。「夢路――りんご様には任意の人間をこの世から消し去る力があるらしい」

「神隠しってこと?」

「そういうことだな」


 去年の二月、ただ一人残った巫女は夢路によって消された。失踪したのだという。


 蒼衣が何やら戸棚を探っている。本やノート、ファイルが並ぶ段だ。やがて、クリアファイルを取り出す。


「これだ」


 カナは蒼衣が取り出したファイルから、新聞記事の切り抜きを取り出した。

 大手重工業に新社長が就任したという記事だ。しかし、社長の顔が右半分で切断されている。カナは切りぬきをひっくり返し、知佳に示した。


『彩都市の女子高生が不明』


 そんな見出しとともに、失踪した少女の顔写真が載っている。どこか、日本人形を思わせる面立ちだ。肩までの黒髪も、ボブというよりはおかっぱと呼ぶ方が適切に思える。

 少女の名は天羽あもう六花りっか。そこまで読んで、不意に去年の冬にこの事件の報道があったことを思い出す。私立の入試を終え、その結果を待ちながら滑り止めの試験に備えている時期のことだった。


「何もこの一回だけのことじゃなくてな」カナは言った。「さっきUFO事件って言ったろ。あれもそうだ」


 時代は高校紛争全盛期のことだという。全国的に見ても稀なことに、当時女子高だったこの学校でも校則の撤廃を求め過激な活動が行われ、校舎がバリケード封鎖されるに至ったという。


 しかし、それ以上のことは起きなかった。活動の中心だったメンバー四人が揃って失踪したからだ。


「その四人は屋上に立てこもってた。最初は威勢よくメガホンで自分たちの主張を訴えてたらしいんだが――外に警察の機動隊が到着して、校庭から呼びかけても返答がないんだ。バリケードは何層かになってて、それぞれに人員が配されてた。そのメンバーたちもリーダーたちの沈黙を不審に思いはじめて、そこから総崩れだ。外には機動隊が来てて、制服警官も説得を試みてくる。そんな中、頼みのリーダー連中はだんまりときたもんだからな。不安が伝染したのか、次々に投降しはじめたらしい。それで、警官がバリケードを解体して屋上に出てみると――そこには誰もいなかった。他のメンバーを抱き込んだトリックかとも思われたけど――いずれにせよ、たしかなのは、リーダー連中はそのまま二度と現れなかったってことだ」


 当時は、人類が宇宙に恋した時代でもあった。アポロ十一号が月面に着陸したのも事件と同じ年の出来事だ。数年後の七〇年代後半には、UFOブームが列島を席巻し、UFOを見たという証言や映像が次々に発表されるようになった。


「エイリアン・アブダクションって聞いたことない?」蒼衣は訊いた。「一九五七年のアントニオ・ビラス・ボアスの証言を皮切りに、UFOに拉致されたとか改造手術を受けたっていう証言が世界各地で報告されるようになったの」

「そう、だからいつからか噂されるようになったんだ」カナは後を受け継いだ。「あれは宇宙人の、UFOの仕業だってな。校舎の屋上にUFOが現れて四人を拐ったんだと」

「某国に流れてテロリストになったなんて噂もあったらしいけどね」蒼衣は言った。「翌年にはよど号事件もあったし」


 蒼衣はふたたび戸棚に向かう。今度は本だった。中高の創立八〇周年記念冊子だ。炬燵の上で開き、年表のページを示す。


『一九六九年 学校封鎖』


「当時は部活が成立する前で、ちょうど巫女がいったん途絶えた時期らしくてな」カナは言った。「夢路の仕業と、断言できるわけじゃない。そういう証拠はない。けど――そうだな。状況証拠ってやつだ。そう考えれば筋が通るって材料は揃ってる」


 なるほど。UFO事件にしろ、先代の巫女の件にしろ、いずれの事件もこうして報道されているのだから実際に起こったことは間違いない。少女たちは消えたのだ。


 しかし、それがりんご様の仕業?


 思わず、夢路を見やる。


「何よ、疑うわけ?」


 もちろん、この夢路は瑞月が演じているものにすぎない。だが、いまの反応からして、UFO事件は夢路の仕業だというのが巫女の公式な見解らしい。


「巫女の伝統自体はUFO事件の前からあったんだが――」カナは言った。「学校側がそれを暗に公認するようになったのはそれ以降のことだ。さすがにヤバいと思ったんだろうな。りんご様はマジだって」

「それで祠まで建ったの?」

「元々、校庭に簡単なものがあったらしいけど――」蒼衣は言った。「ほら、年表を見て」


 蒼衣は今度は七五年の欄を指差した。「新三号館着工」とある。


「建て替えの時期だったの。それで――ついでと言ったら変だけど祠が建つことになった」

「まあ、OGの声もあったらしい。中には新進気鋭の市議会議員もいてな。それでっていうのもあるんだろう」


 それで、おおよその説明が終わったらしい。しばらく沈黙が続いた後、カナが言う。


「まあ、いきなり信じられる話でもないよな」


 とはいえ、何の活動もしてないカナたちがこの部屋を自由に使えているらしいことは事実だ。

 少なくとも、UFO事件の結果を受けてりんご様が本格的に祟り神として祀り上げられるようになったという説明には筋が通っている。

 りんご様が実在するかどうかはともかくとして。

 たまたま不可思議な事件が起こってしまったがために、この妙な信仰が影響力を持ってしまったということはありうる。世に数多ある宗教だって、そうした「たまたま」を「奇跡」と称して広まったものではないだろうか。


「でも何かちぐはぐじゃない? りんご様は心臓を取られたんでしょ? なんで心臓だけを取らないの」

「風評被害よ、風評被害」夢路がむっとしたように言った。「心臓を求めて彷徨うイメージはあくまで当時の生徒が勝手に作ったものよ。まったく俗っぽくて悪趣味よね」

「ということらしい」カナは言った。「りんごはあくまで象徴でな。夢路がこだわっているのは――あくまで、命の方なんだ。もっと長く生きたかった。その未練が夢路を縛りつけているらしい。そもそも巫女の務めだって、自分が処女のまま死んだもんだから同世代の奴が色恋に夢中になるのが許せないからって話だ。そういう神様なんだよ。うちの神様は」


 要は嫉妬による抑圧ということらしい。自称ホワイト待遇が聞いて呆れる。


「案外と世の中で祀られる神様も理不尽だったりするけれどね」蒼衣は言った。

「黙って聞いてればずいぶんな言い草じゃない」夢路は言った。「消されたいの?」

「それはできないだろ。そういう契約なんだから」


 カナは言った。それから知佳に向かって続ける。


「巫女の役割は――防波堤ってやつらしい。巫女が役割を全うする間は誰も消えたりしない。夢路はその気になればそこらの人間を好きに消せるらしいが――そこは律儀で巫女が二人以下になったり、掟を破らない限りは誰にも手を出さないんだ。その代わり巫女が二人以下になると残った巫女がターゲットになる。誰も巫女をやらなければUFO事件みたいに学校の女子生徒が無差別に」

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