22 明日訪ねてくるがいい
カナと蒼衣は目を見合わせた。無言で頷き、二人揃って知佳に向き直る。口許で人差し指を立てて。
「ちょっと、居留守する気!? そんな手が通用すると思ってるの!?」
問答無用にドアが開かれた。ポニーテールの勝ち気そうな少女が立っている。その背後には、ショートボブにカチューシャの気が弱そうな少女。リボンの色は萌葱。二年生だ。
「ほらね、やっぱりいるじゃない」ポニーテールは鼻を鳴らした。
「でも勝手にはまずいですよ」カチューシャがおろおろとしながら言った。
「鍵をかけない方が悪いのよ」
「悪いな。ちょうどあれの時間だったんだ」カナは白々と言った。先輩相手にタメ口だ。
「あれって何よ」ポニーテールが言った。
「あれはあれだよ」カナは言った。「なあ、蒼衣」
「そうそう」蒼衣はなんでもないことのように言った。そしてアカデミー賞ものの演技で欠伸を漏らす。「昼寝の時間だったんです」
「ここは幼稚園でもスペインでもないわよ。ついでに言うと、一部の生徒で私物化していい場所でも――」
「ちょうどいい」カナが遮った。「ダージリンとオレンジペコーがあるんだが――」
「ダ、ダージリンで」カチューシャがそっと手を上げる。
「茶なんて飲まないわよ!」ポニーテールは怒鳴った。「あんたも何ちゃっかりごちそうになろうとしてるの」
「コーヒー党だったか?」
「そういう問題じゃないわよ! 悪党の接待は受けないって言ってるの!」
「そうは言っても、これが茶楽部の活動でな」
「なら、日本茶を淹れなさいよ、日本茶を!」
「茶は茶だろ」カナは言った。「製法が違うだけなんだから」
「大違いよ! あんた、日本茶に砂糖を入れるの?」ポニーテールはそこで、はたと気づいたように、「って、え、日本茶と紅茶って元は同じなの?」
「らしいぞ」
「発酵の度合いによって区別されてるんですよ」蒼衣は言った。「茶葉を完全に発酵させたものを紅茶、発酵させないものを緑茶と呼んでるんです」
「そ、そうなんですか」カチューシャは感心したように言った。「さすが。勉強になります
「ひとつ賢くなったな」
「って感心してる場合か!」ポニーテールはカナを指差した。「いい? 今日こそこの部屋から出てってもらうわ」
「そうは言っても、ここはうちの正式な部室で――」
「何が正式よ! ここのOGが学校に圧力かけて強奪した部屋でしょ! いまの時代にそんな旧時代的な不正なんて許されないんだから」
そこで、カチューシャがポニーテールの耳元で囁く。
「城ヶ崎さん、も、もうちょっと穏便に……」
「そんなだから、こいつらがつけあがるんでしょ!」ポニーテールはカナたちに向き直り、「いい? あんたたちが部活なんて名ばかりの幽霊部だってことはわかってるの。活動実績もなければ顧問もいないし、そもそも部員だって既定の四人にも届いてない」
「ん?」「あら?」
蒼衣とカナはまたも顔を見合わせた。
「何よ」
「いや、だって。なあ?」
「そうね、ちゃんと四人いるもの」
「はあ? どこに? 言っておくけど休学扱いの先輩のことならノーカウントだからね」
「そうじゃなくて、ここに」とカナ。
「今年の一年は数の数え方も知らないの?」ポニーテールは馬鹿にしたように言った。「前に来たときと同じで三人しかいないじゃない」
「こ、怖い話はやめてください」何を勘違いしたのか、カチューシャが震え上がる。
「数え間違いでも怖い話でもなくてだな。ほら、前にいなかっただろ」
カナは知佳を指差した。
ポニーテールとカチューシャの視線が集まる。
「た、たしかに」カチューシャは言った。「前にいたのは細長い人でした」
「そうだった?」ポニーテールは知佳の顔を見聞するようにしながら言った。「丸かった気がするわよ」
「背を丸めて縮こまってはいましたね。怖い先輩が乗り込んできたから」
「あいにくとその細長いのは欠席してるが――」カナは言った。「これで四人だ」
「そんな話聞いてる?」ポニーテールはカチューシャに相談した。
「そんなはずは……」
ポニーテールは知佳にぐっと顔を近づけ、
「あなた、ここの連中に脅されてるの? 悪いことは言わないから邪道に落ちる前に縁を切りなさい」
「あのう、前にいた細長い方は……?」
「元気だから心配するな。今日は家業の手伝いで休んでるだけだ」カナはまた白々と言う。
「まあ、百歩譲って部員のことは保留にするわ」ポニーテールは腕組みして言った。それから、また指を向け、「でも活動実績と顧問がないことには幽霊部であることに変わりはないんだからね」
「たしかにいままではそうだったかもな」カナは認めた。
「そうでしょう」
「でも――」カナは続ける。「それもアテがあると言ったら?」
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