元Sランク冒険者の場合

「ん……あれ、あんたあれだよね? 風の紅鳥、Aランクパーティの元魔法使い」


「情報が古いな、今は現だ。嬢さん、オレになんか用でも?」


「いんや? 私達も冒険者なんだけど、うちの相棒が話題にあげてたなーって。こんな時間から酒場に向かってるんだ」


 城下町、一番大きな酒場に繋がる通りを、一組の男女が歩いていました。会話内容からして、同じパーティでも知り合いでも無い様子。


「別に酒飲みに行くわけじゃねぇよ……ちょっと、恩を返したい相手がいてな」


「……それってさ、もしかして糸紡ぎさん?」


 硬そうな鎧を身に纏い、立派な剣を腰から提げている女性騎士は、隣を歩く男に話しかけます。

 貴重そうな杖を持ち、膝下までの長さをもつ魔法使いそのものと言ったローブを羽織っている男は、少し黙った後に肯定の頷きを返します。


「……嬢さんもか?」


「エルでいいよ、私も糸紡ぎさんにね、パーティ解散の危機を救ってもらった恩を返しに行くところ」


「あの人、色んなところに首突っ込んでんな……と、エルさんだったな。オレの事も呼ぶならトレンでいい」


 共通の話題を見つけた二人は、酒場に着くまでの間ポツポツと会話を繋げます。

 初対面の相手と会話を行う、情報交換をスムーズに出来るのも冒険者として大事な能力の一つです。二人は、自分の経験を互いに伝え合いながら歩きました。


「へぇ、糸紡ぎさん戦闘もできるんだ。それで、どうだった?」


「……オレたち全員でかかって傷一つ無し、その後『少なく見積ってもAランク中位の実力はある』って言われたよ」


「……それ、自分はその辺りより強いって言ってるのと同じだよね?」


 あの人、何者なんだろう……とエルが呟き、本当になとトレンが困ったような顔で呟き返す。

 そうしたやり取りをしているうちに、二人は酒場の目の前へ。トレンが静かに扉を開け――、


「……いつになったら戻ってきてくれるの、フィル」


「……何度も言いますけど、私は戻れませんよ、フランメ」


 しん、と異様な雰囲気を放つ酒場の中で、女性が二人静かに言い合いをしています。

 その女性の両方に、エルにもトレンにも見覚えがありました。


「何度目かしら。もうそろそろ、ちょっとくらい折れてくれてもいいんじゃない?」


「……ライグが来ないなら、まだ私を許す気がないということでしょう? ……私も、許されようとは思ってません」


 言葉を受ける側である、フィルと呼ばれている女性。それは二人に糸紡ぎと名乗っていた、恩人のような存在。


「だから! ……いや、いいわ。これも何度も言ってるものね……また来るわ」


 そして今酒場を出ていった、フランメと呼ばれていた女性。こちらは多くの冒険者が知るところでしょう、Sランクの冒険者パーティ、翡翠の灯火のメンバーです。


「……変なところを見せてしまいましたね。すいません、場所を退けましょうか?」


 口論をしていた片方がいなくなったことで、酒場は一瞬の静寂を挟んだあと再び騒がしくなり始めました。

 そんな中で、エルとトレンの存在に気がついた糸紡ぎが、少し申し訳なさそうな表情で言いました。


「えっと……大丈夫、私達は糸紡ぎさんに用事があったから……その」


「都合が悪かったら、また今度の日にするが……」


 二人も、少しぎこちない声で話を進めます。

 糸紡ぎは引き留めようとする声を一瞬出して、しかしすぐに、そうして貰えると助かりますと言います。

 気不味い沈黙が、三人の周りを包みました。何を話そうか、それともここから離れようか。そんなふうなことを考えている中で、小さく自分の頬を叩いたエルが決意をしたように話を切り出します。


「……今のって、私やこっちのトレンさんみたいに……」


「違いますよ」


 その声を、糸紡ぎは途中で切りました。その一言は先程までの優しい声とはまるで違う、冷たく静かな声。

 彼女の放つその一言に、エルは気圧されたように一つ足を下げます。


「私は、ただ逃げたんです。一方的に逃げ出した、だから謝る権利はありません――そんな、対等の立場に登る権利は」


 そのまま、糸紡ぎは顔を逸らしました。会話はこれで終わりですと言いたげなその動作に、二人は居座ることも出来ず酒場から出ていきます。

 区切られていた空間を抜けたように空気が軽くなった中で、何を言おうか二人とも迷っていたところ、


「あなた達……フィルの友達?」


 その隣から、突然声をかけられました。

 二人が思わず振り返ると、そこに立っていたのは先程出ていったはずのフランメと呼ばれていた女性。


「……いえ、この際そんなに親しい中でなくてもいいわ。知り合いであるのは間違いないようだし……お願いがあるの」


 フランメはしっかりとした足取りで、二人に近づきました。そして――突然、頭を下げて、


「あの子と、あの子の幼馴染。二人が仲直り出来るように……二人に、協力してもらいたいの」



 ◇



 翡翠の灯火は、元は三人の幼馴染で構成されたパーティでした。

 剣士の青年、ライグ。魔法使いの女性、フランメ。そして治癒魔導士の女性であるフィル。

 それぞれ自分の実力を発揮し、個々の高い実力により最高ランクの称号を手に入れた三人の幼馴染パーティでしたが、ある日を境に二人組へと減ってしまいます。


「ヨルンハイン殲滅戦って知ってる?」


 大通りから離れた小さな酒場の中、フランメからの質問にエルもトレンも静かに頷きます。

 冒険者業をやっていて、知らない人の方が少ないでしょう。Sランク冒険者のうちの一人が精鋭を集め、モンスターの湧き場となっていた迷宮の一つを制圧したという話。


「フィルはその戦いに誘われてね、結構切羽詰まった状況だったから……私達に相談せず、飛び出るように行っちゃったのよ」


 それで、私達のところに戻ってくることは無かった。

 ため息をつきながら、そこで一つ間を。そのまま話を続けます。


 戻ってこないフィルのところに行き話を聞くと、相談なくパーティを抜けて別のパーティに参加した私は、二人のことを裏切ったようなものだ。と言われたこと。

 ライグに会うのが怖いのだと、そう言われて――気にしてない、なんて言えなかったこと。


「ライグに相談したらね、あいつ、フィルが決めたことなら俺に口を挟む権利はない。なんて言い出すのよ」


 怖がってるんでしょうね、もしかしたら他のパーティの方が居心地が良かったんじゃないかって。私達は、ずっと三人で一つだったから。

 フランメが話し終わって、場に静寂が訪れます。何を言おうか、エルが悩んでいる中――トレンが、思わずと言った様子で声を出しました。


「それは、ダメだろ」


 視線が自分の方に向いて、トレンは少し慌てた様子に。どっちも嫌いになってないなら、その。という感じの言葉を付け足すと、フランメが静かに微笑みました。


「フィルはどこでも慕われるみたいね……協力、してくれる?」


 改めての確認に、二人は確かに頷きます。

 そして質問を一つ、どうやって仲直りさせるつもりなのか、と。


「……多分、二人がちゃんと会って話し合えば解決すると思うのよ。だから、私達が頑張るべきなのは……舞台を整えること」


 そのために。と一言置いて、彼女は一瞬のタメを作りました。そして、笑いながら言うのです。


「ちょっと、手荒なことをするつもりよ」



 ◇



「その、特訓は別に構いませんが……そういう組み合わせもあるんですね?」


 町外れの広場に向かう道の途中、フィルは後ろに並ぶ二人――エルとトレンに話しかけました。

 多人数での混合パーティを組むことになったからその練習を、そんな感じの理由を述べながら、二人はフィルの後ろをついて行きます。


 しばらく歩いて、人気も少なくなってきた頃。二人は、気付かれないように足を進める速度を落としました。

 ほんの少しずつ、前を往くフィルとの距離が離れます。ややあって、フィルはそのことに気づき振り返ります。そしてどうしたのかと声をかけようとし――、


 バチリ、と何か弾けるような音が。遅れて、上から赤い膜のようなものが降りてきて、フィルと二人の間を分断しました。


「炎の遮断魔法……なるほど、仕込んだのは、フランメですか……」


 一瞬で状況を理解したフィルが、少し呆れた様子で元凶を当てました。そしてため息とともに言葉を。

 彼女に何を言われたのかはわかりませんが……こういう呪文の使い合いなら、私の方が上だった。そのことを忘れてないか、聞いておいてください。

 そう言いながら、指先を静かに膜へと近づけます。バチバチと音を立てながら、白い光が弾けて。


「……えっと、フランメさんと私から、糸紡ぎさんに伝言。まず、この遮断魔法は……フランメさんが自分の杖を砕いて増幅したものだから、そう簡単には破れないって」


 それで、私からは。エルは小さく息を吸って、言いました。

 仲直りをしたいって望むなら、逃げてばかりじゃなくて……向き合って、ちゃんとしなくちゃ。


「オレも預かってるぞ、伝言。さっさと脱出したいなら……中にいる臆病者と、ちゃんと向き合ってやれだってよ」


 じゃあ、オレからも。トレンは小さく息を吸って、言いました。

 今も、今までも。糸紡ぎさんは後悔してきたんだろうけど……、だろ?


 ――ちょうど、二人の言葉が終わった後で。

 フィルの後ろから、人影が一つ現れました。


「……貴重な杖まで使ってさ、仲直りのためなら安いとか言って……俺がそんな時どう思うか知られてるからな……あいつにも、お前にも」


「……必死の思いを形で示されたら、断れませんもんね……ライグは、本当にお人好しですから」


「臆病者の間違いだ。ずっと、触れないようにしてたんだからな」


 言葉に、言葉が返ります。

 会話は、まだまだぎこちなくて……それでも、二人にはわかりました。声音が優しくなっていること。だから、二人はここから離れるのでした。


 やれることはやって……きっと、ここには仲直りが生まれるのだと。そう分かりましたから。

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