四人パーティの場合

「マスター! 次の酒!」


 ガシャン、とコップをテーブルに叩きつける音が響きました。いつも騒がしい声が止まない大きな酒場は、今日は少々音量小さめ。

 その理由は誰が見ても明らか、今現在進行形で大きな声で荒れている男の人がいるからです。


 貴重そうな杖を持ち、膝下までの長さをもつ魔法使いそのものと言ったローブを羽織っています。音を鳴らして酒をあおる姿を見て、酒場にいる人達は直感的――あるいは経験的に分かっていました。この手の相手は絶対にしない方がいい、と。


「祝杯だ祝杯! クソっ!」


「祝杯、と言うには少々暗い顔をしているように見えますが?」


 そんな、大体が距離を置く男に対して自ら話しかける女性の姿がありました。

 黒く長い髪を持つその女性のことを何人かが止めようとしますが、女性はそれをすり抜けて男の相席に座ります。


「あぁ? いーやオレはいい気分だね、なにせオレの事を追い出した奴らがあんな目に合ってたんだからよ!」


 机に手を叩きつける大きな音、男はヘラヘラと笑うような表情を――作ろうとしているのが、誰から見ても分かりました。悩むような顔を浮かべているのも、また。

 よければ話を聞かせてくれませんか? そんなことを、女性は真っ直ぐと目を見ながら言い放ちます。それを聞いた相手がちょっと驚きながらも、先に名乗ったらどうだと言い返しました。なので、ゆっくりと自分の胸に手を置きながら言い放つのです。私のことは、糸紡ぎとでもお呼びください、と。


「……オレはな、昔Bランクの冒険者パーティに所属してたんだよ」


 優しげな声で話す糸紡ぎに対して、男は静かに昔話を始めました。

 曰く、昔にとある冒険者にパーティメンバーとして誘われたことがあったのだと。自分の持つ強い魔力を見込まれて、魔法使いとして付き合い始め……それなりに楽しい生活を送っていたようです。


 それなりに、と話す男の姿はなんとも楽しそうで。彼がどれだけその生活を楽しいものだと思っていたのか、今話し始めたばかりの糸紡ぎにもしっかりと伝わってくるようでした。

 しばらくそうした楽しかった時のお話をし終えると、男は少し声を止め――そして、一つ暗くなった声で話を再開しました。


「……パーティから追放を宣告されたのは、そんな生活をしてたある日のことだ。色々あってな……」


 怒りたかったが、怒れなかった。なんも出来ないままあいつらから離れて、最近になって戻ってきた。

 そんなふうなことを、苦しそうな表情で男は話し終えます。その後のことは、男が最初に言った通りなのだろうと糸紡ぎは推測します。つまり、自分が抜けたパーティがなにか危ない目にあっていたことを知ったのだ、と。


「……アイツらがどうしてるのか聞いたらよ、最近硬い魔物に襲われて結構大きく怪我したらしくてな」


 一番火力の高いオレをパーティから離脱させたからだよ、会って皮肉の一言でも言ってやろうかと思ったね。

 ――泣きそうな声で、男は言いました。そして、震える声で次の言葉を。


「……オレが抜けてからよ、魔法使いを一度もパーティに入れてなかったらしいぜアイツら……ほんと、笑えるよな……」


「……後悔してますか?」


「……っ、そうだよ、してるよ……! アイツらは、魔力を上手くコントロール出来ない落ちこぼれだったオレの力を必要としてくれて……!」


 握る拳に、力が入ります。糸紡ぎは静かに話を聞いていました。


「追放だって、仕方なかったんだよ! 仲間を守るためとはいえ、オレは街に被害を出して……大勢の前にいる以上、リーダーがそういう決断をしなきゃいけなかったって、オレでも分かってる!」


 でも、オレはそれで怒らなかったわけじゃない。

 そう男は言いました。仲間の指示に対して理不尽を感じて、それで逃げたのだ、と。


「……後悔してるよ。でも、今更後悔したって……! もう、遅――」


「いいえ」


 男の言葉を、糸紡ぎが遮りました。驚いたように見る男に対して、真っ直ぐに意思の籠った視線を向けて、


「後悔は、遅くなったかもしれませんが……仲直りには、まだ遅くありません」


 私だって、お手伝いします。だって、そうやってすれ違ったまま……本当に手遅れになるなんて、悲しいじゃないですか。

 糸紡ぎは静かに、しかしはっきりと言いました。困惑したままの男が、数秒間の静寂を……そして、その時間を終えて言うのです。


「……まだ間に合うのなら……オレは、アイツらとまた旅をしたい……そのために、ちゃんと制御の仕方だって覚えたんだ」


「間に合いますよ、間に合わせます――そのために、とりあえず」


 


 ……男が、ぽかんと口を開きました。



 ◇



「……久しぶりの再会なのに、なんでこんなことに?」


 青い鎧の青年が、隣の男――先日糸紡ぎと話をした魔法使いの男に対して、困惑の目を向けます。

 その後ろには、短刀を弄る女性と盾を構えた大男。戸惑っている三人に向かって、


「……悪い、正直オレも何が何だかわかってない」


 魔法使いの男も、困ったような顔をしていました。

 そんな中、唯一元気なのは糸紡ぎ。グッと体を伸ばして動く準備をすると、元気なよく通る声で話し始めます。


「失敗を残したまま前に戻っても、いつか同じような失敗をしてしまうかも知れません。だから、そのチェックです」


 怪我はさせないように気をつけますから、恐れずかかってきてください。

 そんな糸紡ぎの言葉に、短刀を回していた女性がムッとした表情を浮かべました。そして青い鎧の青年を見ます。

 やれやれ、という風の様子を浮かべたあと、青年は魔法使いの男に耳打ちしました。


「……話をしたいと思うけど、少し付き合ってくれ。陣形は――」


 前置きを一つ、すぐにどういう配置で動くかを青年は伝えます。

 それは、しっかりと練られた……少なくとも、今いきなり考えたようなものではなくて。


「……なんで、オレ込みで考えてるんだよ、この陣形……」


「……追放した立場で、許しちゃもらえないかもしれないけどさ。俺は、俺達は……またお前と仲間として冒険したかったから、だ」


 動こうとした青年と大男を止めて投げかけた男の質問に対して、青年はすぐに答えました。


「そう、か……すまなかった」


 その謝罪が、少しでも自分達の不幸を祈ってしまったことに対してなのだと、青年達は知りません。ですが、聞き返すこともしませんでした。そのまま、男は次の言葉を。


「……今だけ少し付き合うんじゃなくて、その……」


 仲間として、もう一度お世話にならせてくれないか?

 その言葉が聞こえた二人とも、笑顔でそれに応えます。


「あいつにも、早くその言葉聞かせてやらねぇとな」


 そして、目の前の女性を見ながら、嬉しそうにそういうのでした。

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