城下酒場の繋げ屋さん~その喧嘩、仲直りにはまだ遅くない~

響華

ペア冒険者の場合

「しゅーわーしゅーわー! しゅわしゅわ持ってこーいっ!」


 騒がしい声が止まない大きな酒場の中、一際大きな声が一つ。

 泣きそうな顔の女性が、入れ物を掲げてお酒のおかわりを求めているところでした。


 硬そうな鎧を身に纏い、立派な剣を腰から提げています。先程、女性が酔っている間にこの剣を盗もうとした男が蹴りの一つで空に浮いたのを皆が目撃しているので、誰も今の彼女に手を出そうとはしていません。


「……随分、荒れているようで」


「あぇ……あなただれぇ……?」


 そんな様子の彼女に、話しかけるひとつの影。女性の反応から、知り合いという訳では無いようです。


「私ですか、そうですね……糸紡ぎ、とでも名乗ってみましょうか」


 糸紡ぎ。そう名乗った黒い髪の女性は、冗談っぽく笑いながら言葉を続けます。なにか困り事を、例えば友人と喧嘩でもしましたか? と。

 剣士の女性は図星をつかれたように唸り声を一つ、糸紡ぎを静かに見上げながら小さな声で零します。


「喧嘩じゃないもん……利害関係の不一致による離別だもん……」


「……だいぶ酔ってますね、よければ話しを聞かせてもらっても?」


 糸紡ぎはちょっと困惑したような表情で笑うと、そのまま女性の向かいの席に座ります。周りの人からの物珍しそうな視線が刺さる中で、女性がポツポツと話を始めました。

 自分が、友達の二人で冒険者として活動していたこと。自分が前衛で友人が後衛、結構上手く連携もできてたし、より上を目指せるんじゃないかと思ってたこと。


「……でも今日突然、その友達に怒られてぇ……魔法が撃ちにくいからあまりちょこまか動かないでって! 酷い話でしょー!?」


 ガタンっと机を揺らしながら、女性が力強く叫びます。糸紡ぎはあくまで冷静な表情、女性の声はどんどんヒートアップしていきます。


「直さないようなら危険だからパーティとして動くつもりは無いって、私は全力でやってるのに!」


 こんな調子だったら、私の方からパーティ出てって他の仲間見つけてやる!

 と、そう言った瞬間彼女の腕が糸紡ぎに抑えられました。反射的に振りほどこうとしますが、力で負けているのかピクリとも動きません。

 少し驚いた様子を見せる女性に対して、糸紡ぎはゆっくりと、言い聞かせるように話しかけます。


「まずは、落ち着いて息をしましょう。……小さな揉め事で、大事な仲間を失うのはとても悲しいことですから」


 あなたの目指すパーティは、あなたとそのお友達の二人パーティですよね?

 糸紡ぎの言葉を聞いて、女性が返事に詰まります。そしてほんの少しの間を置いて、小さく頷きを返しました。


「……どうすればいいのかなぁ……」


「仲直りを望むなら、お手伝いしますよ。私は、そのためにここにいるので」


 お酒が入っているからか少し泣きそうな声で零す女性に、糸紡ぎは優しい笑顔で話しかけました。そして、繋げるように言葉をひとつ。

 それじゃあ、まずは喧嘩にしましょうか。そんなセリフに、女性は意味がわからないと言いたげな視線で返しました。


「どういう意味がわからないんですけど……」


 言いました。

 糸紡ぎは静かに説明を始めます。相手が現状に不満を言ってきて、自分にもあるのにそれを抑えて動く。それはただその場を凌ぐ分には有りでも、ずっとパーティを組んでいくのならやめた方がいいのだと。

 少し納得したような、そんな顔を女性は浮かべます。そしてしばらく考える素振りを、若干舌の回らない言葉で、女性は自分の不満を吐き出します。


「冒険の時に、荷物は力が強い私の方が多く持つんだけど……友人が慎重タイプで、ええと、それはいいんだけど……」


「荷物を多く持っていこうとする、ですか?」


「そう! 多分ねー、あの子自分の方が荷物が少ないからちょっと余裕が出来ちゃうんだなぁ……」


 あんまり沢山荷物もってると、いざって時に反応しにくくなるから、逆に危険だといっつも思ってるの。なんて言葉に繋げた女性に対し、糸紡ぎはその言葉を本人にも言ったのかと聞きました。

 女性が首を横に振って、糸紡ぎはそれは直しましょうと一言。なにか明確な理由を持って否定的な考えが出来るなら、伝えないと後悔するかも知れません。そんなふうに告げた糸紡ぎの顔が少し昔に浸るようだったのを、女性は触れずに流します。


「……では、あとはそうですね……怒られたという前衛でちょこまか動いてるという点に付いて、話をしておきましょうか」


「あー……それ、私はいっぱい動いて囮になろうとしてたんだけど――」



 ◇



「……昨日はごめん、謝る。貴女が私に危害が行かないように大きく動いて囮になっていたの、友達として考えれば直ぐにわかった」


 冷静じゃなかった、本当にごめんなさい。

 静かな声で深く頭を下げ、魔法使いの女性は剣士の女性に謝罪をしました。

 剣士はちょっと驚いたような顔を、そして直ぐにその顔を綻ばせます。そうして疑問そうな表情を浮かべた相手に対して、ゆっくりと話し始めました。


「私さ、最初に直すまでパーティを組むつもりは無いって言われた時……恥ずかしいけど、カッとなってね?」


 こんなパーティやめて、他の人と組んでやるなんてちょっと思って。

 その言葉を聞いた顔が、怯えるようなものに変わります。それでも、最後まで聞く覚悟は出来ているというように。


「……でも、酒場で不思議な人と話してね? 気付いた、私……やっぱりあんたと一緒に冒険するのが一番好きだって」


 そんな魔法使いの女性を、剣士はぎゅっと抱きしめました。


「だから、私の方からもごめんなさい! あんたの不満を聞いて、すぐに逃げ出しちゃった。パーティなんだから、言い合うのは当たり前だー!」


 そして、はっきりとした声で自分にも聞かせるように、そうやって宣誓を。


「だから、これからは不満があったらちゃんと言おう! 私とあんたの意見だもん、合わされば――」


「私達二人が合わせれば、最強……でしょ? 昔から、そう言ってたよね……私も、そう思う」


 片方が笑いました。つられて、もう片方も笑います。ややしばらく、笑い声があって――、


 そして、二人はぎゅっと手を繋ぎました。

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