「リセット」

桜雪

第1話

雪がしんしんと降り積もるクリスマスの夜、

わたしはリセットボタンを初めて押した。

理由は至って簡単だ。

今まで初見クリアできてきていたゲーム内のクエストでクリアできず

自己に虫唾が走り、いてもたってもいられなくなった、それだけのことだ。

いつのまにか無の国に入国していたわたしは息苦しさと喉の渇きとで目覚めた。

隣で寝そべっている「それ」を動かさぬよう、

ベッドサイドに置いてあるはずのペットボトルの水に腕を伸ばす。

僅かな室内照明がボトル内の水をキラキラと輝かせ、

わたしを拒絶するかのように賽の目の形に腕が絞り取られていく。

わたしはその腕がぐしゃぐしゃになっていく様を

静かにボトルを動かしながら眺めていた。

わたしは「それ」を眺めながらボトルの蓋を開け、

ごくり、ごくりと喉に水を通していく。

水を飲み込む音が部屋に響き渡り、世界が忽然と消失してしまったような錯覚を覚えた。

だれも、わたし以外誰もいない世界。そんな世界なぞだれが望むのだろうか。

ふと窓の外に目をやると、依然として雪は降り続き、昨晩よりも積もっていた。

ああ、今この状態で外に出れば1人ではなくなるのだろうか。

わたしはゆっくりとボトルのキャップを閉め元の場所に置いた。

閉塞感と静寂に耐えきれなくなったわたしはラッキーストライクを一本取り出し、不慣れな手で火をつけ、ゆっくり、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

「それ」はむくりと動き出し眠たげわな瞳でわたしを眺めた。

「雪、まだ降ってるよ。スタットレスついてないでしょ、あんたのクルマ」

「それ」は大きな欠伸を二回した。「こりゃあ今日はどこにも行けないなぁ」

わたしは視線を合わせずにまた深く吸い込み、吐き出す。煙が遠く上がっていく。「家、遠いでしょ、タクシーでも呼ぼうか?クルマはまた取りにこればいい話だし」わたしは言葉を返さない。「なんか反応してくれよ」「ねえ、あんたさ」わたしは灰皿に灰を落とす。「一番楽な死に方、知ってる?」「それ」は「え」と声漏らしながらわたしとの距離を縮め今までわたしの腰回りにやっていた手が離れた。「単なる興味だよ、興味。別に実行しようとは思ってない、けどどのみち楽園の地には行けないの自覚してるからどうなんだろうと思ってさ」わたしは口にタバコを咥えたまま

「それ」に向かって軽く微笑む。「そんなこと考えだにしたことないな。生きるってゲームみたいで楽しいし、」「じゃああんたは、」わたしは口を挟む。「消えてしまいたくなった時どうすんの?」「どうするもなにも“コンティニュー”しなきゃいけないんだよ、“リセット”なんてしたら今まで積み上げてきたデータ全てがお陀仏になる訳なんだしさ」外では雪が止み、お日様の光が微かに輝っていた。「まあ、とりあえず」「それ」は昨晩わたしがベッドの上に散らかしたゲームのコントローラーを手にする。「もう一回やってみたら?今度はクリアできるよ、君が寝てるあいだにリセット前のところまで進めたんだ」わたしはラッキーストライクの吸い殻を灰皿に力いっぱい擦り付け、らんぼうに「それ」からゲームのコントローラー奪い取った。


もう2度とリセットボタンなんて、押すものか。

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「リセット」 桜雪 @REi-Ca

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