02

 彼がいなくなってから。

 半年経った。


 机の上には、彼がいなくなった日と同じように、指環が置かれたまま。


「あ。待ってね。いま行くから」


 もう、箱を開けることも、なくなった。


 街角で、後輩と合流する。電光掲示板の下の、横断歩道。外貨投資会社が多くの会社を買い取って、この国が乗っ取られるかもしれないというニュース。


「先輩。今日もばっちりメイク決まってます」


「でしょでしょ」


 先輩は、結婚して一時退社扱い。かわりに、新しく後輩が入ってきた。


 いつものように外回りを終えて、仕事場に戻る。外貨投資会社の敵対的買収の影響なのか、どの回り先も微妙な手応え。


「先輩。近くのカフェでかぷちーの買ってきました」


 カプチーノの発音がなかなか曖昧で、そこだけあかちゃんが喋ったみたいになっている。


「ありがと」


 飲みながら、少しだけ考える。彼も。カプチーノ、好きだったっけ。

 彼のことについて考えたり思い出したりすることも、かなり減った。彼がいなくなってしばらくは、落ち込んでいた。目の下に大きなくまを作ったりして。

 でも。そんな日々も、結局は慣れていく。警察からの答えもいつも同じで、だんだんと、行くことは少なくなった。


 新しい恋に、まだ、踏み出せずにいる。

 彼との恋の終わりかたが、まだ、残っているからなのか。彼が突然現れて。そんなことを、まだ思っているのかもしれない。


 机の上の指環。片付けようと思っても、片付けられない自分がいる。

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