指環、カプチーノ、横断歩道
春嵐
01
彼と選んで、一緒に買った指環。
「あ、はい。すぐ行きます」
箱にしまって。机に置いたまま、部屋を出る。
彼が失踪してから、二週間が経つ。警察に届けを出したけど、捜査に関連する事項については応えられないの一点張りだった。
「
先輩と合流して、仕事に向かう。電光掲示板の下の横断歩道。外貨投資会社の敵対的買収騒ぎが、大々的にニュースされている。
「素ちゃん。目の下。くま」
「あ、ごめんなさい」
化粧で隠せてなかったかな。
「どうしたの。最近、素ちゃん、おかしいよ?」
「いえ。大丈夫です」
彼が、二週間いないだけで。ここまで、心がしんどいとは、思わなかった。
あらかたの外回りを終えて、仕事場に戻る。
「すいません、お手洗いに」
化粧を直しに行く。
多少、吐き気があった。
妊娠とか、そういうことではない。彼と、仲良くしたことはなかった。そう。彼と、仲良くなりたかった。それだけなのに。彼はいない。
鏡に映る、自分の顔。目の下。大きな、くま。
彼に、親族はいない。わたしがはじめての彼の家族になるんだと、意気込んでいた。彼は、警察関連の仕事をしていると言っていたから、深くは聞かなかった。だから、今どこで、何をしているのかも、分からない。
「よし」
化粧で、なんとかくまを覆い隠す。
自分が陰気になってはいけない。彼がいつ帰ってきてもいいように。いつでも、彼からの指環をつけてもらえるように。
元気でいなきゃ。
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