KAC20222人形街のアイドル騒動

@WA3bon

第1話 推し活

「あーる、いー、でー」

 ネロ人形工房。今日も閑古鳥の鳴く俺の店に、抑揚のない舌っ足らずな声がこだまする。

「なにやってんだノワール?」

 エプロン姿の女の子がくるりとこちらを振り向く。

 黒髪と切れ長な碧眼が特徴的な、十歳前後の女の子だ。そう。 どこからどう見ても女の子だが、ノワールは人間ではない。

 自他共に認める天才人形師ネロ──俺だ──の手による自動人形である。


「ロッソちゃんですよ。ロッソちゃん!」

「ロッソ?」

「ご存じないんですか? あの超アイドルのロッソちゃんですよ?」

 ずいっと押し付けるように新聞紙を手渡される。『バンボラの街に形アイドルロッソちゃん降臨!』

 デカデカと一面にそう書かれていた。

「人形にアイドルさせてんのか。考えたな」

 ここバンボラは人形の街だ。各地から人形師が集まる。そんな中にあって、名を売るのに必要なのは宣伝だ。何よりもまず目立たなければ意味がない。


「技術だけっていうなら間違いなく俺が……」

「マスターマスター、お給金下さい」

 物思いにふけっていると、ノワールが小さな手を差し出して催促してきた。

 驚いたな。いや、確かにノワールには店を手伝ってもらっている。対価を支払うのはやぶさかではない。

 が、ノワールは人形である。今まで一度としてマスターの俺に何かを要求することはなかった。

 色々と学習して魔道脳が進化したのだろか。さすが ノワールだ。そしてさすが天才人形師の俺。

「ほれ。それで? 何に使うんだ?」

 硬貨の入った麻袋を手渡す。五千ゴルト。子供の駄賃としては過ぎるが、日当としては安い。そんな額だ。

「ロッソちゃんです。ロッソちゃんのライブに行って、物販でグッズを買うんです」

 年頃の女の子らしく服やらアクセサリーかと思っていただけに、つい呆気に取られてしまった。

「推し活ですよ、マスター」


 ルージュ・ドールガーデン。話題のアイドル人形ロッソを有する、新進気鋭の人形工房だ。

「スゲェなこりゃあ」

 ノワールに付き添いロッソのライブとやらに同行したが、思わず声が出てしまった。

 工房の前の通りをまるごと借り切った特設ステージ。そしてそこに集まる黒山の人だかり。まるで祭りではないか。

「あっ! ね、ネロ……さん?」

 不意に呼び止められる。

 赤い髪に赤い瞳。見た目とは裏腹に弱気な物腰の女性だ。

「ルージュか。うまいことやりやがったな」

 人形師を育成する学校の同期生だったルージュだ。彼女があのロッソの製作者なのか。

 なるほど。ルージュは学校時代から頭が良かった。この突飛とも言えるアイデアを思いつくのも頷ける。

「あうぅ……そ、そのことなんですけど実は──」

 何か言いかけるルージュであったが、不意に巻き起こった大歓声にかき消される。


『ロッソちゃん! ロッソちゃん!』

 幾重にも重なった声援が鼓膜を破らんばかりの勢いだ。そして。

『みんなぁ! ロッソちゃんだよぉ!』

 派手な赤いスモークと共に、一体の人形がスタージに姿を現す。薄桃色の髪の、小柄でかわいらしい自動人形だ。

「ほぅ。腕をあげたなルージュ」

 ステージまでは距離があるが、それでもロッソの出来の良さは一目瞭然だ。まぁ、うちのノワールには及ばないが。

「えへへ……あ、いや! そうじゃなくてですね! あの子には問題が」


『それじゃあ一曲目いくよ!』

「ん? な、なんだ?」

 ロッソが歌い始める。甘々な歌詞のポップな歌だ。それ自体には何の違和感もない。が、歌声には明らかに魔力が乗っている。

「マスター。精神魔術の反応です」

 ノワールが指摘するが、言われるまでもない。歌とともに観衆の目の色が変わっていく。俺も少々頭がくらくらしてきたぞ!

『うおおおおお! ロッソちゃぁぁぁん!』

 熱狂……いや、これはもう狂乱と言うべきだ。今にもステージを飲み込みそうな勢いで人の波がうねっている。ヤバいぞ、これは


「あ、あのコ、暴走してるんです!」

「まぁどう見てもそうだな」

 人間に魔術をぶちこむ人形など真っ当ではない。俺の知るルージュならば絶対にしない。

「た、助けて下さい! ファンの方たちの中には借金してまでロッソの推し活してるんです!」

 半べそでルージュがすがり付いてくる。無下に断りたくないが、正直者手に負えない。

「いや、助けてって言われてもな……」

 人形の活動を止めるには動力源であるコアを停止させなければならない。この人垣を超えてロッソの元にたどり着く……いくら俺でもリスクがデカすぎる。

「マスター、私からもお願いです。ロッソちゃんを助けて下さい!」

 ルージュの懇願にノワールも加わる。これはもう無条件降伏だ。

「あぁもう! そういうの反則だろ! ルージュ! これ貸しだからな!」


 肉体強化の魔術をかけ、跳躍する。

「ごめんよ!」

 言いながら次々に観衆の頭を踏みつけて前へと突き進む。まるで波乗りでもしているかのようだ。

「いや、落ちたら一環の終わり……こいつは綱渡りか」

 一度ミスればそのまま押し潰される。細い綱をダッシュで駆け抜けるようなものだ。ルージュめ、貸しは大きいからな!


「はぁはぁ!」

 神経をすり減らして何とかステージへたどり着く。靴が片方消えているが、それだけで済んだのは本当に奇跡だ。

「あれあれぇ? 乱入かなぁ? いくらロッソちゃんを推すからってぇ、それはめっ! だよ!」

 グワン!

 至近距離から浴びせれるロッソの精神魔術。頭が、いや脳が揺れる。

「ぐぅ……」

 ロッソちゃんを推す! ロッソちゃんカワイイ! いや、そうではなくて!

 しっかりしろ俺!

「うおっ!」

 何とか精神を保とうとするが、不意に後ろから押しつぶされる。

『ロッソちゃんに何やってんだ!』『ズルいぞお前だけ!』

 亡者――ではなくファンの群れに捕まってしまった。次々と這い上がる無数の手。これを振りほどく術はない。ここまで、か……。


「マスター!」

 やや舌足らずな、聞き慣れた声。同時に俺を押さえていた狂乱のファンが吹き飛ばされる。

「ノワール……お前っ!」

 俺の人形がいま何をしたか? 確認するまでもない。蹴り飛ばしたのだ。人間を。

「緊急事態です! ロッソちゃんを助けて下さい!」

 そう言う間にも、ノワールはステージに上がろうとするファンを叩き落としている。えぇい! 色々考えるのは後だ!


「さあて。今停めてやるからな」

 腰に巻き付けた工具帯に手をやる。一瞬で終わらせてやる。

 一瞬でコアを抜き取る。俺の技量ならば問題はない、はずだ。多分。

「や、やめてよ……あたしはただ、マスターの役に立ちたいの!」

「そうだな。だが、こんなの誰も喜ばねぇだろ!」

 マスターに尽くそうとするのは自動人形の本能だ。しかし手段を選ばないのは論外である。

「何がわかるのよ? 毎日お客が来なくて泣きそうなマスターが! なにもできないあたしの気持ちが!」

 ロッソのコアに膨大な魔力が集中する。

「やめろ! そんな無理したらコアが!」

 壊れるぞ! しかし俺の忠告は届かない。


「来ないでよ!」

 ありったけの魔力を込めた絶叫。

 目で見えるほどの声の塊が迫りくる。精神魔術ではない。物理的な破壊力を乗せた音の一撃だ。

 もう避けるような体力もない。両手で顔を防御しつつ全身で受け止める。

 ――つもりだったが、突如目の前に何者かが立ちはだかる。赤い髪の女性だ。


「ルージュ!」

 声の衝撃に打ち据えられたルージュはその場に崩れ落ちる。

「あぁ……マスター? な、なんで……」

「ロッソちゃん……私は、あなたさえいてくれればそれでよかったんだよ?」

「ます……たぁ……」

 薄桃色の髪を振り乱してロッソもその場に倒れ伏した。コアの魔力が枯渇して停止したんだろう。

 

 その後は正気に戻った観客の中から医者を探したり、ルージュとロッソを担いで運んだりと。本当に散々な目にあった。

 

「もうアイドルも推し活もこりごりだ」

 後日。自分の城たる店内でカウンターに伏せる俺。客の姿はもちろん皆無だ。

「ロッソちゃん、引退したそうですね……」

 ノワールが新聞を眺めながら嘆息を漏らす。それはそうだろう。あんだけの騒ぎを起こせば。

「ま、真相知ってんのは俺たちだけだけどな」

 ロッソの暴走については憲兵にも漏らしていない。あくまでも、行きすぎたアイドル活動として片付けられている。

 人形が精神魔術で操ってました、なんてスクープが過ぎるからな。


「そうだ。精神魔術っていえば、お前にも効果あるんだな?」

 いま思えば、突然アイドルにのめり込んだのもそうだったのだろう。しかし。

「は? 人形に精神なんてあるワケないじゃないですか」

 キッパリと否定された。


「私はただ、ロッソちゃんを応援したかったんです。それに……」

「それに?」

「お、お友達になりたかったんです……」

 なるほどな。推し活。今回の一件でいい印象がなかったが、本質的にはこんな純粋な気持ちなんだろう。応援したい、近づきたいってな。


「案外、すぐに叶うかもな?」

「え? なにを──」

 カランカラン。入り口の鐘が鳴る。赤と薄桃色の二人組を歓迎するように。

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