36.好き

 抱きしめる力を弱め、かのんの顔をしげしげと見やる。キョトンとした瞳は嘘を言っているように思えないけれど、確認のため、俺は再度問いかけた。


「昨日はかのんの誕生日で、お見合いがあるって……」

「誕生日だったのは間違いないけど、お見合いって……。蓮くんがいるのに、そんなのするわけないじゃないっ」


 ほんの一瞬だけむくれてみせてから、あっと驚いたようにかのんは声を上げる。


「っていうか、どうして蓮くんが私の誕生日知ってるの!? 内緒にしておいたのにっ!」

「どうして……って、そりゃ星月さんが言ってたからさ」


 応じている途中ではっとなった。


 ……まさかとは思うけど、また、あの黒髪のメイドにハメられたのか?


 本当と嘘を織り交ぜることで、リアリティを演出するとか、冗談としてもタチの悪さに磨きがかかりすぎだろ、おい。


 あれ? となると、辻褄が合わない場面が色々出てくるんだよな。


 思わせぶりな雪之新さんの言葉とか、星月さんが着飾っていた理由とか、あと留学の話が事実なのかどうか。


 何より、どうして誕生日をかのんが黙っていたのか。


 ワケを尋ねた俺へ、申し訳なさそうにかのんは口を開いた。


「その……。お父さんと約束しちゃって……。蓮くんのそばにいくのはいいけれど、せめて誕生日ぐらいは家でお祝いしよう、って」


 なるほど。誕生日については星月さんの話に嘘はなかったみたいだ。


 でも、それならそれでちゃんと話してくれたら良かったのに。


「蓮くんに話したら、お祝いの準備をしてくれるって思っちゃったんだもん」

「そりゃあまあ、めでたいからな。準備はするさ」

「でしょう? なのに、それを断ってまで家に帰るのは気が引けちゃって……。蓮くんに悪いなって……」

「誕生日は家族で祝って、別の日にもう一回お祝いすればいいじゃんか。そんな気にするなよ」

「気にするよぅ! せっかくの誕生日だもん。私だって、蓮くんと一緒に過ごしたかったし……」


 拗ねる口調で言い終えると、思い出したように、かのんはパァッとはにかんでみせた。まったく、コロコロと表情が変わって忙しいな。ま、そこが可愛いんだけどさ。


「でもね、お父さんが来年は蓮くんも連れてきなさいって言ってくれたから」

「雪之新さんが?」

「うんっ! お父さん、蓮くんも一緒に来るものだと思ってたみたいで、ちょっと残念だったみたい」


 雪之新さんが話していた『今日のこと』っていうのは誕生日パーティの話だったのか。

 

 そう考えると、思わせぶりな台詞の理由もハッキリしてくるな。


 そんな具合に考えを整理している最中、かのんは俺の背中へ手を回し、力いっぱいに抱きしめた。


 不意打ちのハグに驚いている俺に構うことなく、かのんは胸元へ自分の頭をグリグリと押し付けては、嬉しそうに、そしてだらしなく「ウヘヘヘヘ」と笑い声を上げる。


「ど、どうした、急に?」

「蓮くんだって、いきなり私を抱きしめたでしょ? だからお返しっ!」


 声を弾ませた後、かのんは視線を上げて、その青い瞳で俺の顔を真っ直ぐに捉えた。


「……蓮くんに、好きって言ってもらえた」

「ああ……」

「嬉しい……」

「……」

「ね、もう一回言って?」

「もう一回、って」

「お願い」


 リクエストに応えるべく、俺はかのんの背中に手を回し、再び力いっぱいに抱きしめてから、耳元で囁いた。


「好きだよ、かのん」

「私も……。私も、蓮くんのことが好き」

「知ってる」

「ううん。全然、わかってないよ。もう、蓮くんが困っちゃうぐらいに大好きなんだからね」

「困っちゃう、って」

「おはようからおやすみまで、ずっと、ずーっと好きって言っても足りないぐらい」

「そりゃ困っちゃうな」

「そうでしょ? でも、言っちゃうもんね、好きだよって」

「そっか」

「蓮くん……。好き、だぁい好き……」

「もうわかったから」

「好き」

「十分伝わってるよ」

「好き」

「……」

「大好き」

「……そろそろ言うのを止めないと、俺にも考えがあるぞ?」

「考えってなあに?」

「その口を塞いでやる」

「どうやって?」

「……」

「エヘヘへ……。じゃあ、試してみよっかなあ……。ねえ、蓮くん、好」


 かのんが試すものだから、言い終えるよりも前に、その唇へ俺の唇を重ねてやった。

 

 ああ、きっと、自分の顔は真っ赤になっているんだろうなとは思ったけれど、かのんは瞳を閉じているし、多分、バレやしないだろう。


 そんな些細なことよりも。


 今は『自称・幼なじみ』から恋人へと変わった、この愛おしい人との時間を大切にしたい。心からそう思った。

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