37.彼氏と彼女の関係
幼なじみから恋人となって帰った俺たちを出迎えたのは、訳知り顔の星月さんで、マンションのドアの前に佇んだ彼女は、これ以上なくニコニコしているかのんを見やってから、いわゆる『恋人繋ぎ』で結ばれている手元へ視線を走らせた。
「おめでとうございます。上手くいったようで何よりです」
うやうやしく頭を下げる黒髪のメイド。普段なら素直に「ありがとう」と言いたいところだけど、今回ばかりはそうもいかない。
「どうしてまた変な嘘をついたんだ?」
「はて? 嘘とは?」
「かのんがお見合いをするって話。全部嘘だったんじゃないか」
「……私、そのようなことを申し上げましたか?」
真顔で応じる星月さん。知らぬ存ぜぬで貫き通せると思ったら大間違いだぞ、こんにゃろう。
「それは失礼。弁明をお許しいただけるのであれば、幼なじみの真似事で満足していらっしゃる岡園殿に業を煮やした結果、私としても強引な手法を持ちいらねばと思った次第で」
「それにしては随分と酷い嘘だったな」
「言ったはずです。かのん様が幸せになるのであれば、どんな手段でも構わない、と」
……あー、言ってたなあ。確かに聞いたさ。しかしだ、やっていいことと悪いことがあるとは思わないのかい?
「いいじゃない。結果としてこうやって結ばれたんだし!」
割って入ったかのんは手を離すと、今度はぎゅーっと俺の腕にしがみつく。
にぱーと無邪気に笑うその顔は、五〇〇〇超点を差し上げても足りないほどで、俺はデレデレしたい気持ちをぐっと堪えるのだった。
「そう思ってらしても、実際には鼻の下が伸びていますよ、岡園殿」
「……何でわかった?」
「なんとなくです。浮かれているという点は十分伝わってまいりましたので」
くそう……。この調子だと、この先も星月さんの手のひらの上で転がされ続けるんだろうなという気がしてならない。
あ。そうだ、聞きたいことがあったんだっけ。
「昨日のドレス。あれはお見合いっていう嘘の為に着ていたのか?」
「まさか。かのん様の、最推しの誕生日パーティですよ? 着飾ってお祝いするのが当然でしょう?」
星月さんの話によれば、かのんの誕生日パーティはそれはそれは盛大なものだったそうだ。
社交界さながらの華やかな場に、立食形式の豪華なビュッフェ。政財界からは要人が次々と押し寄せ祝辞を述べる……etc。
うん、仮に誘われていたとしても、行きづらいな、そんなところ。絶対、場から浮いて終わるわ。
「蓮くんなら大丈夫だよっ! 私の彼氏なんだもん! 自信を持って!」
かのんはそう言って、ふんすと自慢げに俺を見やると、「パーティの間、私がそばにいるから!」と付け加えた。
それはそれで色々気疲れしそうだなと思わなくもないけれど、かのんと付き合うとなれば、そういう事態にも慣れていかなきゃいけないんだろうな。今のうちから覚悟を決めておかなければ。
「……ところで」
話題を転じるように呟き、星月さんは改めて俺たち二人を眺めやった。
「お二人がお付き合いを始めるというめでたい日なのです。お祝いの席を設けようと思うのですが」
そんな仰々しいイベントをしてもらわなくても、その気持ちだけで十分です。ええ、マジで。
フレンチのフルコースでも抑えそうな雰囲気に半ば怯えていたものの、要はピザのデリバリーでも頼みましょうかということらしい。あー、良かった。真顔で言うからビックリするんだよな。
隣ではかのんが挙手をして、賛成と声を弾ませているけれど、ここはちょっと待って欲しい。
「なぜですか?」
首を傾げる黒髪のメイドに、俺は自分の家の冷蔵庫に眠ったまま手つかずのごちそうがあることを打ち明けた。
***
「すごいっ! これ全部、蓮くんが作ったの」
「まあ……うん」
「こんなに用意しているのなら、最初から言ってくださればよかったですのに」
テーブルの上へところ狭しと並ぶ料理の数々に、かのんも星月さんも目を奪われている。
「でも、蓮くん。どうして急にこんなごちそうを?」
かのんが当然の疑問を口にする。そりゃそうだよなあ。
今となっては「告白の場を用意するつもりだった」とか、「星月さんの話を聞いて、自暴自棄になった挙げ句、気がついたら色々作ってました」とか、とてもじゃないけれど恥ずかしくて言えやしない。
結果、かのんの誕生日を知ったので、急遽用意したんだと誤魔化す……じゃなかった、打ち明けることに。
「あのような話を聞いてなお、かのん様をお祝いする気持ちを持っておられるとは。岡園殿も、なかなかに図太い心を持っておられますね」
「やかましい」
「しかし、私が誕生日のお話をするより前に、すでに大量の買い物を済ませられていたご様子でしたが……」
はて? と、頭上へクエスチョンマークを漂わせる星月さんを無視するように、俺は手早くローストビーフを切り分ける。
このままだと、真実を追求されそうだし、さっさといただきますをして食事を進めようじゃないか。
かのんも青い瞳をキラキラさせて、食い入るようにローストビーフを見つめているし。かのんの家のごちそうには及ばないだろうけれど、喜んでもらえるのなら嬉しい。
「それとこれとは話が別! 蓮くんが作ってくれた料理だもん! 別格だよ、別格!」
切り分けたローストビーフの皿を受け取って、かのんがはにかむ。はい、可愛い。こんなに可愛い子が彼女とか、未だに信じられないね。
「そこのバカップル。いちゃつくのは構いませんが、私の分も用意してくれませんか?」
冷淡な声が耳元に届く。星月さんが今にも砂糖を吐き出しそうな眼差しでこちらを眺めやっていた。
「バカップルって……。俺はいいけど、かのんは星月さんの『推し』なんだろう? 推しに対してその言いようはどうなんだ?」
「事実ですから仕方ありません。ポンコツなかのん様も、バカップルなかのん様も、それはそれで味があって良いものですよ」
「ねえ、蓮くん。私いま、酷いこと言われているような気がするんだけど……」
「気がするんじゃなくて、ポンコツだと、そう申し上げているのです」
「ほらぁ! また言ったぁ! ねえ、聞いた蓮くん!? 酷くない!?」
「何を言うのですか。どのような状況であれ、変わらずかのん様は尊いと思っているのですよ? 文句を言われる筋合いはどこにも……」
それから始まる騒がしい食卓。やれやれ、恋人同士になっても、この三人の関係性は変わりようがなさそうだな。
「あっ、そうでした」
喚き立てるかのんを体よくあしらってから、何かを思い出したように星月さんは呟いた。
「お二人ともお付き合いされるですから、然るべき人にご挨拶をしていただかないと」
「然るべき人って、誰だよ?」
「決まっているではないですか。かのん様の父君であられる、
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