31.告白
小さな頃から『手がかからない』ことが自慢のはずだった。
料理・洗濯・掃除などなど……。共働きの両親に代わり、率先して家の手伝いなどをすると周りの人たちが褒めてくれる。
それが、いつの間にか快感へと変わり、あえて『手のかからない子供』を演じることで、自分を満足させていたと気付いたのはいつだっただろうか?
周りから認められたい、褒められたいと考えていた俺は、積極的に、あるいは強引に、様々なところへ手を差し伸べていた。
あの時――かのんと出会った時も恐らくは同じ考えだったのだろう。
泣いている子を慰めたら、周りの大人は褒めてくれるだろうか。笑顔にしたら、両親は頭を撫でてくれるだろうか。
そんな思いで声をかけたに違いない。でなければ、引っ越しも間近だというのに、「幼なじみみたいだね」なんてセリフは出てこないはずだ。
そして狙い通り、かのんが笑顔になった瞬間、こう考えたはずなのだ。
ああ、これでまた褒めてもらえるぞ、って。
今にして思えば、くだらない承認欲求でしかなく、それに気付いた中学以降は控えるように心がけたんだけど。
悲しいかな。習慣とか癖というのはなかなかなくならないもので、今では当たり前のようにお節介を焼いては、旧友に『オカン』扱いされてしまうのだった。
とにかく。
子供の頃のこととはいえ、全ては打算が働いた上での行動にしか過ぎない。好意を寄せてもらうような資格なんてないのだ。
……俺の告白に耳を傾けていたかのんは、ゆっくりと頭を振り、それから穏やかな表情を浮かべてみせた。
「だとしても、それは昔の話であって、今の蓮くんではないでしょう?」
「そうだけど……」
「なら関係ないじゃない。私、いまの蓮くんが好きだもの」
はにかむかのんを、俺はまじまじと見やった。
「たとえ昔の蓮くんの行動全部が演技だったとしても、私、嬉しかったことには変わりないから」
「でもさ」
「いいの。私にとって、蓮くんはとっくの昔に特別になっていたんだから。それがずっと続いている。それだけの話」
「……」
「それじゃあ聞くけれど、いまの蓮くんが私にしてくれたことって、全部わざとだったの?」
「そんなはずないだろっ」
「だったらいいじゃない」
そして、かのんは、俺の手にそっと自分の手を添える。
「ごはんを作ってくれたのも、あみぐるみを教えてくれたのも、一緒にデートしたのも、全部、ホントの蓮くんだったんだから」
「……うん」
「それにね、演技だったとしても、私が救われたことには……、変わるきっかけをくれたことには変わりないから。……だから」
青い瞳が、自信を持って、といわんばかりにきらめいている。
どう言葉を返していいのかわからないまま訪れる静寂。それを破ったのは朗らかな声だった。
「……さてっと」
ベンチから勢いよく立ち上がり、かのんは軽く伸びをしてみせた。
「私、そろそろ帰るね」
「あ、ああ……。それじゃあ一緒に」
「ううん。今日はこれから約束があって、実家に戻らなきゃいけないんだ」
「そうなのか?」
「うん。そうなの」
テキパキと帰り支度を整えると、かのんはいつも通りの、にぱーとした無邪気な笑顔をこちらへ向ける。
「蓮くん。今日は付き合ってくれてありがとう。すっごく楽しかったよ!」
「こちらこそ。変な話をして悪かったな」
「全っ然! 私の知らない蓮くんを知られて嬉しかった」
エヘヘと笑い声を上げてから、かのんは軽やかに歩き始めた。
それからこちらへ振り返ると、大きく手を振ってみせる。
「それじゃ、蓮くん。バイバイ!」
「ああ、またな」
公園を後にし、なだらかな坂道を下っていく後ろ姿を目で追いながら、俺はしばらくベンチに腰掛けていた。
約束、か。きっと雪之新さんと食事でもするのだろう。なにせ突然引っ越しするとか言い出したのだ。父親としては心配で仕方ないだろう。
定期的に実家へ顔を出すようにとか、そういう
明日になれば、またいつも通り、かのんの笑顔を見られる。俺はこの時、そんな風に考えていた。
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