29.公園

 そこは、かつての実家があった場所からほど近い公園で、幼い頃によく通った遊び場のひとつでもあった。


 ただ、公園といっても規模は小さく、滑り台と砂場、それに休憩用のベンチがあるぐらいで、果たしてこれを公園と呼んでいいのかどうかは微妙なところだ。


 夕方前の時間にも関わらず、俺たち以外に人もいない。まあ、子供らにしてみても、遊具がこれだけしかないんだったら、家でゲームしてたほうが何倍も楽しいよな。


 今となってはこの公園のどこを気に入って、俺も陽太も遊びに通っていたのかわからないぐらいだし。


 そんな寂れた場所でも記憶の片隅に残っているのは、印象深い出来事があったからなんだけど……。


 確かめるように振り返る俺を見やって、かのんはゆっくりと首を縦に振ってみせた。


 そうか。やっぱりそうだったのか。


「この公園……」

「そう。私と蓮くんが、初めて出会った場所」


 ここへ来る途中にあった、なだらかな坂道や古びれた個人商店に、既視感を覚えていたのは気のせいじゃなかったらしい。


 そうだ。あの時は確か、ベンチに腰掛ける綺麗な目をした女の子がいて。泣きじゃくるその子が気になって、思わず声をかけたんだっけ……。


「ようやく思い出してくれた」


 思い出のかけらを拾い集める俺の耳元へ、安堵の声が届く。


「ここまで連れてきて、『ここどこ?』とか言われたら、立ち直れないところだったんだよ?」

「それは……」


 そんなはずないだろうと続けようとして、口をつぐんだ。ついこの間まで、かのんと出会ったことすら忘れていたし、それを考えると、とてもじゃないけど言い返せない。


「……ゴメン」


 代わりに発した謝罪の言葉に、かのんはくすくす笑い、


「どうして謝るの?」


 と、可笑しそうに応じてみせた。


「いや、だってさ。今の今まで、この公園をすっかり忘れていたわけだし」

「気にしないで」


 そう言って、かのんは身を翻し、ベンチに腰を下ろした。


「まあ、私は今でも昨日のことのように、蓮くんとの出会いを思い出せるけどねえ」

「ゴメンって」

「大丈夫。思い出してくれたなら、それでいいよ」


 いたずらっぽく微笑むと、かのんはベンチをポンポンと叩き、自分の隣へ座るように促してみせる。


「ね? せっかく思い出の場所に来たんだし、ゆっくりお話でもしようよ」


***


 それから俺たちは買ってきた駄菓子をつまみながら、お互いについて話し合った……といっても、そのほとんどが、かのんからの質問ばかりだったんだけど。


 「引っ越した後どうしてた?」とか、「中学の時の部活は?」とか、「彼女はいたの?」とか。……特に最後の質問に関しては、ものすっごく真剣に聞かれたけどさ。


 あのな。こちとら、旧友に『オカン』と言われるほどだぞ? 流石に向こうでオカンって言われることはなかったけど、同時に男として見られてなかったと思うんだよなあ。……自分で言ってて悲しくなるけど。


 とはいえ、その答えはかのんを満足させるものだったようだ。


 来る途中で買ってきたペットボトル飲料を両手でくるくると弄びながら、「そっかそっか」と嬉しそうに呟いている。くそう、カワイイじゃないか。


「そういうかのんはどうだったんだ?」

「ふぇっ? 私?」

「そうそう。その、彼氏とか」

「いないよっ! いないいない! 女子校だったし!」


 俺の話を遮ると、かのんは勢いよく首を左右に振ってみせる。そんなに慌てて否定しなくても。


「慌てたくもなるよっ! だって!」

「だって?」

「そ、その……。お、お付き合いするなら、れ、蓮くんが良かったんだもん……」


 今度はミルクティー色をしたロングヘアを指で弄び、かのんは顔を赤らめた。大事なことなので二回言うけど、くそう、カワイイな。


 というか、見ているこっちが照れてしまうというかね。何も言えなくなってしまうワケで。


 耐えきれないとばかりに、ペットボトルのお茶を口元へ運んでいると、かのんはチラリとこちらを見てから、おもむろに口を開いた。


「ねえ、蓮くん。覚えてる?」

「何を?」

「蓮くんが、ここで私に言ってくれたこと」

「……悪い。そこまでは」


 誤魔化したところでどうしようもないので正直に打ち明ける。


 すると、かのんは俺を責めるでもなく、どこか遠くを見つめるような眼差しで、ポツポツと語り始めた。


「私は覚えてるよ。あの時のこと、ハッキリと」

「……」

「キレイな目だね、って。それに、髪もとってもカワイイ、って」

「……そんなセリフが出るなんて、昔の俺は相当ませてたんだな」


 いやはや、子供は正直というかなんというか……。本当に俺、そんな事言ったのかと疑いたくなるレベルで恥ずかしい。


「本当にね。今思えば、ただのナンパかなって思うけど」

「おい」

「冗談だよ、冗談。ホントは嬉しかったんだあ」

「なんでさ?」

「だって、この髪と目の色のせいで、それまでずっといじめられてきたし……」

「……」

「だから、お母さんと同じことを言ってくれる男の子がいるなんて思わなかったの」

「そっか」

「あとね。こんなことも言ってたよ。そんなキレイな目に涙は似合わないよ、って」

「マジかよ……。ただのヤバいキザじゃん」

「本当にね」

「少しは否定してくれたっていいんだぞ?」

「エヘヘへへ。でも、嬉しかったのはホントだから」


 かのんは柔らかく微笑んで、ペットボトルに口を付けた。


 うん、アレだな。忘れていて正解だったな。そんなこと覚えていたら間違いなく黒歴史になっていたところだ。


 子供の頃の所業とはいえ、問答無用で死ねるレベルの行為にボリボリと頭をかいていると、かのんはひとつ深呼吸をしてから、その青い瞳をこちらに向けた。


「……蓮くんに話したいことがあるの」


 真剣な眼差しに、思わず姿勢を正してしまう。緊張感が漂う中、かのんは切り出した。


「私ね、嘘ついてたんだ」

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