28.駄菓子

 フライパンやおたま、まな板などが並ぶ売り場の一角で、かのんは興奮の眼差しを向けながら、とある商品を手に取っていた。


「ねえねえ! 蓮くん見て見て! これすごくない!?」


 持っていたのは片方がフォーク、片方がスプーンの形をした、取り外し可能なトングで、『これひとつで十通りの使い方ができる!』というのが売り文句の商品だ。


「これひとつで何でも出来ちゃうんだよ!? 他の調理道具いらなくない!?」


 青い瞳をキラッキラさせるかのんには悪いけど、あいにくその手の商品は使い勝手が悪いんだよなあ。


「十通りって書いてあるけど、せいぜい使えるのはその中のひとつふたつぐらいだぞ?」

「そうなの?」

「そんなもんなの。この手の商品買うよりかは、ひとつひとつちゃんと揃えたほうがいいと思うぞ」


 昔、こういった多機能が売り商品を買ったはいいけど、結局は使わなかったんだよなと思い出しつつ、俺はかのんに問いかけた。


「調理道具買うって言ってたけど、前に料理してた時、ある程度揃ってなかったっけ?」


 お弁当事件の悲惨な情景が脳内で再生される。あの時、すでに包丁やまな板、鍋にフライパンなどなど、各種取り揃っていたはずだけど。


「ん〜……。せっかくだし、気分を変えて新しくしないなって」


 いやいやいや。それはもったいない。買ったって場所を取るだけなんだからと、心の中のオカン魂に火が付いた俺は、かのんへある提案を持ちかけた。


「それなら俺の家で一緒にご飯を作るってのはどうだ?」

「蓮くんの家で?」

「そうそう。俺の家なら調理道具一式揃ってるしさ。手伝いをしながらだったら、かのんも料理を覚えやすいか」

「行く!」


 食い気味に応じるかのん。


「エヘヘへへ。一緒にご飯作るとかさ、すっごく幼なじみっぽいよね?」

「そうかあ?」

「そうだよっ! ……そうと決まればっ」


 手に持っていた商品を次々と戻し、かのんは、にぱーと無邪気に笑ってみせた。


「ここにはもう用がないから、お菓子見に行こ! 駄菓子買いたいっ!」


 前回、しばらくその場から動かなかったことからもわかるように、百均のお菓子売り場を相当に気に入ったらしい。


 まあ、お嬢様にしてみたら、駄菓子なんてあまり目にする機会もなかったろうしなあ。


 ……あ、そういえば。


「かのん」

「ん?」

「駄菓子買いたいんだったら、もっといい場所があるぞ」


 ショッピングモールの案内板にあった、とある店の存在を思い出し、俺はかのんを引き連れて百円ショップを後にした。


***


 たどり着いたのはショッピングモール四階の一角に店を構える、レトロな外観のお菓子屋さんだ。


 昭和の駄菓子屋をコンセプトにしたお店だそうで、店内には様々なお菓子が並んでいる。


 どれも一個十円とか二十円とか、そのぐらいの駄菓子ばかりで、壁にはスーパーボールくじとか、アイドルのプロマイドとか、子供の頃に通った駄菓子屋の雰囲気そのものが再現されていた。


 当時の俺と同じくらいの子供たちが、キラキラとした瞳で駄菓子を厳選している。お小遣いで買える分を必死に計算しているのだろう。


 まあ、誰よりも瞳を輝かせていたのは子供たちの中に混じるブレザー姿の女子高生だったんだけど。


「すごい! 蓮くんすごいよ、このお店! 見たことないおかしがいっぱいある!」


 青い瞳を輝かせながら、忙しくあちこちを見渡すかのん。


「モ○ッコヨーグル……? 駄菓子なのにヨーグルト売ってるの!?」

「いや、それはヨーグルトじゃなくてだな」

「あっ! これは知ってる! よっ○ゃんイカ! 酸っぱいの!」

「ああ、美味いよなあ、それ」

「きなこ棒? きなこが棒になってるの? えっ、こっちも見たことない!」


 こちらの返事もロクに聞かず、ミルクティー色をしたロングヘアを振り乱す勢いで、かのんは忙しく視線を走らせている。


 しまいには、


「はぁ……。なんて素敵な空間なの!? 私の楽園はここにあったのね!」


 なんてうっとりと言い出す始末だし。いや、楽しそうなのは何よりだけどさ。


 かくいう俺自身、久しぶりに見る駄菓子類にはちょっとときめいてしまうのも確かなワケで。


 うわー、ポ○フとかビッ○カツとかめっちゃ食ったなあと懐かしい気分に浸りながら、いくつかの商品を買うことにした。


 すると、すでに何かを買ったらしいかのんが、得意げな顔で待ち受けている。


「ふっふっふ。すごいもの買っちゃった」

「なんだよ」

「蓮くん、これを見ても驚かないでよ?」


 買い物袋の中から取り出したのは、薄い紙状のもので、かのんはそれに人差し指をこすりつけ始めた。


 そして親指の先と人差し指の先を合わせたり離したりと、忙しく動かし始める。


 指の間から白い糸状のものが次々と放たれ……って、なんだ、煙っぽいものが出るっていうオモチャじゃんか。


「え〜! 知ってたのっ!?」

「こっちは子供の時から通ってるんだぞ? 知らないと思ってたのか?」

「なぁんだ。驚かそうと思ったのになあ……」


 よくよく店内を見渡してみると、同じオモチャで遊んでいる数名の子供が。なるほど、把握した。あれを見て買おうと思ったんだな?


 とはいえ、かのんにガッカリした様子は見られない。


 いつものように、にぱーと無邪気に笑ってみせる。


「ありがと、蓮くん! こんなお店知らなかったから、すっごく楽しかったよ!」


 五〇〇兆点を差し上げたくなるほどの極上の笑顔で、声を弾ませるその様に、こっちまでなんだか嬉しくなる。


「それはよかった。じゃ、買い物も終わったことだし、そろそろ帰るか?」

「ううん。もうひとつだけ行きたい場所があるんだ」


 遠慮気味に「一緒に来てくれる?」と付け加えるかのんへ頷いて応じる。


 そうして連れて行かれたのは、意外な場所だった。

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