27.放課後デート
モーニングコールと称した朝の襲撃は水曜、木曜と続き、そして例のあみぐるみ教室も、同じく水曜、木曜と続いた。
あみぐるみを縫っている際のかのんは真剣そのもので、終始無言になりながら、かぎ針と格闘している。
普段とのギャップに妙なおかしさを感じながらも、俺はかのんと過ごす時間を楽しんでいる自分がいることに気づいた。
『お前のそばからいなくなるってことも考えておかねえと』
陽太の言葉が頭の中でリフレインする。わかっているんだ、そんな事。いつかはけじめを付けなくちゃいけないってことぐらい。
でもさ。今はこれで楽しいんだ。もう少し、このままだっていいだろう?
「できたっ!」
かのんの満足げな声で、ふと我に返る。その手元には黄色い毛糸で作られた、ヒヨコのあみぐるみがあった。
ちょっとばかり楕円形になりながらも、フェルトやビーズで飾り付けられたそれは十分に可愛らしく、初めてとは思えない出来映えだ。
「ふふーん。そうでしょ、そうでしょ!」
感想を口にする俺に、かのんがドヤ顔を浮かべてみせる。
「私にかかればこんなモノ、あっという間に作れちゃうんだから」
「にしては苦戦してたけどな。糸をどこにかけたらいいのかわかんなーい、とか」
「あ、あれは……。初めてだったから仕方ないでしょ?」
頬を膨らませかけて途中でやめると、かのんは青い瞳を輝かせて、感謝の言葉を口にした。
「でも……。蓮くんが丁寧に教えてくれなかったら、作れなかったのもホントだから。だから、ありがとね」
「な、なんだよ、急に。調子狂うなあ」
「いいでしょう? 素直に感謝してるんだから! だから……、はいっ!」
そう言って、かのんは出来上がったヒヨコを俺に差し出した。
「良かったら、受け取ってくれると嬉しいな。私が初めて作ったあみぐるみ」
「それは嬉しいけど……。いいのか?」
「うん! 出来上がったら蓮くんにあげようって思ってたんだっ!」
にぱーと無邪気に笑って見せてから、かのんは少し恥ずかしそうに、ミルクティー色をしたロングヘアをくるくるといじり始めた。
「あっ、でも、ちょっとブサイクな形になっちゃったから、いらないかもだけど……」
「いや、十分可愛らしいと思うぞ? むしろ俺なんかがもらっていいのかって思うぐらいに」
「蓮くん、だからだよ?」
真っ直ぐな青い瞳が、俺の瞳を捉える。
「蓮くんだから、もらってほしいの。私の初めて」
他意はまったくないんだろうけれど、意味深な言葉に思わずドキッとしてしまう。
俺はありがとうとヒヨコを受け取ってから頬をポリポリとかきつつ、誤魔化すように話題を転じた。
「お礼しなくちゃな」
「お礼?」
「そうそう。かのんが初めて作ったあみぐるみをもらえたんだ。何かしらのお礼をしないとな」
居心地の悪さを感じて、思わず口にした言葉だったけれど、かのんにしてみれば満更でもなかったらしい。
ぱぁっと瞳を輝かせ、前のめりになると、興奮気味に声を上げた。
「お礼って、何でもいいの!?」
「いや……。まあ、出来る範囲でならな?」
しまった。これは何かしらのムチャを言ってくる流れなんじゃないか? ……と、思ったのも束の間、かのんは弾む声でこう続けるのだった。
「それじゃあね。蓮くんとデートに行きたい!」
「それはいいけど。どこか行きたいところがあるのか?」
「うん! あの百円ショップにまた連れて行って!」
***
金曜日のショッピングモールは、休日と比べれば空いていて、人酔いするような混雑は見られない。
それは百円ショップの店内も同様で、人でごった返していた通路もスムーズに通れるし、長蛇の列になっているレジもなさそうだ。
「エヘヘへへ。蓮くんと放課後デートっ♪」
ブレザー姿のかのんは、スキップするような軽い足取りで俺の前を進んでいく。
また百円ショップとか、デートにしては色気がないなんて星月さんに言われそうだけど、本人が楽しそうなのでいいだろ。
「んで? 今日は何が目的なんだ?」
「うん。キッチングッズを見たいなって」
かのんの料理スキルはゼロに等しいので、今のところ食事は俺が用意しているんだけど。
どうやら、本人はこのままじゃダメだと自認してたようだ。
「ほら、あみぐるみの時みたいに、お料理も蓮くんから教えてもらえたらいいなあ、って」
振り返ったかのんの、ミルクティー色をしたロングヘアがふわりと揺れる。
「それはいいけど。人に教えられるような腕前じゃないぞ?」
「またまた、蓮くんってばそんな事言って。私なんて、蓮くんにすっかり胃袋掴まれちゃってるんだからね?」
次は私が蓮くんの胃袋を掴む番! と付け加え、かのんはふんすと得意げな顔を見せた。
「あみぐるみもマスターしたんだもん! お料理だってすぐにマスター出来るはず! 美味しい料理を食べさせてあげるんだからっ!」
……ヒヨコ一匹作っただけで、あみぐるみマスターしたって言われても説得力ないんだよなあ。
そもそもお前、最初はネコ作りたいとか言ってたし、それはいいのかとツッコんでやりたい。
「それでね! いっつもポンコツ扱いしてくる美雨を見返してやるの!」
むしろそっちが目的なんじゃないかと言わんばかりの闘志の燃やしようで、かのんは見てなさいと言わんばかりに通路を突き進んでいく。
はぁ……。ま、目的はどうあれ、やる気があるのは大変に素晴らしいしな。付き合うとしますかね。
苦笑混じりに肩をすくめ、俺はかのんの後を追いかけた。
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