22.帰り道
コーヒーショップで雪之新さんと別れた俺たちは、間もなく星月さんから呼び止められた。
「どうせどこかで美雨が見張っているだろう。文句を言われないうちに退散するよ」
去り際にそう言い残した雪之新さんの言葉は正しく、切れ長の瞳に苦々しさをたたえて現れた星月さんは、開口一番、予想外の乱入者について侘びるのだった。
「申し訳ありません。まさかご当主自ら、かのん様の探索に来られるな……いえ。ある程度、予想はしていたので、家の者には箝口令を敷いていたのですが」
箝口令って。そんなに大事にするようなイベントでもないだろ?
「いえ。こうなった以上、口を割った裏切り者を必ず炙り出し、処罰を下したい所存……」
「想像するだけで怖いから止めてくれ」
「冗談ですよ、冗談。……しかし、ユッキーときたらわかってませんね。推しは遠くから眺めるからこそ尊いというのに……」
ブツブツと訳のわからない小言を漏らしつつ、当主をユッキー呼ばわりかいと心の中でツッコんでいると、並び立つかのんが口を開いた。
「美雨も来てたんだ。だったら私たちと合流すればよかったのに」
青い瞳に純粋さをにじませ、あくまでも善意の言葉を口にしたつもりなんだろうけど。
受け取り側の星月さんとしては、これ以上なくガッカリした様子で、はぁぁぁぁぁぁと、これまたこれ以上なく大きなため息を漏らし終えてから、自らの主に苦言を呈した。
「いいですか、かのん様? 何のためにお二人きりにして差し上げたと思っているのですか? これはデートなのですよ!? で・え・と!」
「そ、そうだけど……。一緒に回ったら楽しいじゃない」
「お人好しが過ぎます! これだからポンコツ恋愛脳は……」
「あ゛っ!! 聞いた、蓮くん!? 美雨ってば、私のことポンコツって言ったよ!」
片手で俺の腕を掴み、もう片方の腕でメイドを指差して、かのんは声を上げる。
うん、言ってたな。そして聞いたよ。しかしだね、俺にはもっと気になることがあってだな……。
今のこの状況が、だ。傍から見たら、『二股がバレた男を問い詰めている女の子たち』という構図に見えないかってことでね。
実際、通り過ぎる人たちが眉をひそめながら、小声を交わし合っているのが見て取れるし。
えらい誤解を受けているんだろうなあと、一刻も早く場を収めたい俺の心情を無視するように、なおも星月さんは声を上げた。
「大体なんですか! 百円ショップはまだいいとして、ランチに回転寿司って!? せっかくめかしこんだっていうのに、映えない店をチョイスしますねっ!」
「はぁ〜!? 回転寿司屋さん、ちょー楽しかったですけどぉ!? そんな事言って、美雨も来たかったんじゃないのぉ?」
「全っ然、そんなんじゃありませんから! JKならJKらしく、パンケーキを前にツーショットとかキメたらどうですか!?」
「回転寿司屋さんのミルクレープ、写真に撮ったもん! ちょー美味しかったもんね! ねー? 蓮くん?」
「岡園殿も岡園殿です! かのん様を甘やかさないでください!」
おいおい、今度はこっちが標的かよ。
「当たり前です! なんですか、せっかくデートのしおりをお渡したというのに、かのん様をリードするどころか、行きたいところに連れて行っているだけではないですか!」
「まあ、その通りなので反論のしようはないけど……。喜んでたからいいじゃないか」
「そうやって甘やかすから、かのん様がどんどんダメになっていくんです! これ以上ポンコツになったらどうする気ですか!?」
「あ゛あ゛っ! またポンコツって言った! 二回も言ったぁ! 蓮くん聞いたぁ? 酷くない!?」
……いかん、まったく収拾がつかないぞ、これ。どうしたらいいんだ?
とはいえ、流石に周囲の注目を集めているという事実に星月さんも気付いたようで、はっと我に返った後、コホンと咳払いしてから、取り乱しましたと頭を下げた。
「ともかく。とんだ邪魔者が乱入したとはいえ、初めてのデートにしてはなかなか良かったと思います」
「……さっきまでと違って、なかなかの高評価じゃないか」
「理想と現実は違いますから。計画に多少の誤差が生じるのも想定の範囲内です。まあ、及第点といったところでしょうね。今後の成長に期待しましょう」
うんうんと頷き、星月さんは総評してみせる。随分と上から目線で批評するじゃないか。
「いいじゃない。私たちは楽しかったんだし。ね? 蓮くん」
「そうだな。なんだかんだあったけど、結構楽しかった」
次回以降はGPSも電流もなしにしてもらえれば助かるよと続けると、星月さんはただ一言、
「善処します」
とだけ、応じた。ぜひともよろしくご検討いただきたい。
……と、まあ、てんやわんやな感じのまま、三人で家路についたんだけど。
途中、星月さんは俺に身体を寄せると、かのんには聞こえないぐらいの小さな声で耳打ちしてきた。
「ところで、ご当主とはどんなお話をされたのですか?」
「え? 別に普通の話だけだぞ? かのんの昔のこととか」
「そうですか」
「あー、あと、かのんとの約束がどうたらって言ってたけど……」
俺が応じた瞬間、星月さんは端整な顔をしかめ、舌打ちをしてみせる。
「ユッキーめ。余計な話を……」
親しい友人を呼ぶみたいに当主をあだ名で呼びしていることにも驚くけれど、何が余計な話なのか、そっちの方が引っかかる。
すると、すぐさま表情をあらため、知的な顔立ちに戻った星月さんは、淡々とこう呟いて返した。
「お気になさらず。いずれわかりますよ」
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