19.人助け?

 回転寿司店での昼食後、俺は『デートのしおり』を無視することに決めたのだった。


 映えるランチではなかったとはいえ、かのんのリクエストというのもあってか、電流の刑は回避できた。


 そりゃそうだろ。あれだけ喜んでくれたのに、罰が待ってるなんて割に合わなすぎる。


 要はしおりに書かれているプラン通りに進まなくても、かのんが楽しんでくれて、それなりに親密になれればいいんじゃないか?


 それにだ。このしおりの内容、そもそも無茶があるんだよ。


 なんだよ、この『不良に絡まれているところを助ける』とか、『夜景のキレイな公園を散歩』とか、恋愛マンガによくあるシチュエーションをコピペしただけじゃないか。


 そんなわけなので、元からしおりはなかった事にした。星月さんには悪いけど、仕方ないと思ってくれい。


 あ、ちなみにかのんはお手洗いに行っていて、その間にこれからどこへ行こうか考えている真っ最中だったんだけど。


 行き交う人たちが、とある一点を見やっているのに気付いたのはまさにその時で、ヒソヒソと声を交わす様へつられるように俺は真横へと視線をやった。


 間もなく視界に捉えたのは、四つん這いに倒れている、スーツをまとった中年の男性で。


 具合でも悪いのだろうか、ピクリと動かないにも関わらず、周囲の人たちは声すらかけようとしない。


 ……不審者だったらどうしようとか、後々めんどくさそうとか、関わりたくない気持ちもわからなくもないけどさ。


 もしも本当に困っているなら助けるべきだと、俺は意を決して、その男性のもとへと駆け寄った。


「あの……大丈夫ですか?」


 しゃがみこんで声をかけると、男性はちらりとこちらを見やった……って、うわー……。すっごくカッコいいんですけど、この人……。


 俳優顔負けの渋い顔立ちと、オールバックに整えられたダークブラウンの頭髪。シワひとつない有名ブランドのスーツをぴしっと着こなし、全身からダンディズムが溢れ出ている……んだけど。


 違和感があるとすれば、その瞳にうっすらと涙を浮かべていることで……。


 中年の男性はしゃがみこんだ俺の両肩をガシッと掴むと、弱々しく呟いてみせたのだた。


「む、娘が、どこにもいないのだよ……」

「娘さん、ですか?」

「ここにいるはずなのだが、いくら探し回っても見つからなくてね……」


 瞬間的に小さなお子さんが迷子になったのかと理解した俺は、それならインフォメーションカウンターで相談すればいいのではと応じ返した。


「だっ、ダメだダメだっ! 私がここにいるというのは、娘に内緒なのだからね!」


 そう言って、慌てて首を左右に振るダンディズム溢れる中年の男性。……言いにくいから、今後は『ダンディ』と名付けよう。


 ……で。


 ダンディが言うには今日、このショッピングモールで娘さんがデートをしているという話を聞きつけたらしく。


 それならば相手の男を見定めてやろうじゃないかと、内緒で駆けつけたそうだ。


「……お気持ちはわかりますが、見ての通りこの広さですよ? 探すのは相当に難しいのでは?」

「失敬な! 私にもそのぐらいは理解できる! だがね、可愛い一人娘が嬉々としてデートに出掛けたとなれば、父親としては見逃さずにいられないじゃないか!」


 勢いよく立ち上がって声を荒げるダンディ。


「これで娘の相手が不良とか、パリピだったりしたら……。私はもう……、生きた心地がしないのだよっ!」

「パリピって……」

「ああ、ああっ! 想像するだけで最悪だ! お父さん、私の彼を紹介するわと家に連れてきた輩が『うぇーい、お父さんチッスチッス!』とかウザ絡みしてきたらと思うと……! 私は、私はぁっ……!」


 ダンディは絶望したような口ぶりで俺の両肩を掴むと、激しく前後に揺らしてみせる。……ついこの間も同じような目にあった気がするなあ。


「だ、大丈夫ですよ、きっと」


 この場から逃れるための気休めの言葉だったけれど、ダンディの心には届いたようだ。


 ピタリと揺らすのを止めて、「……本当にそう思うかい?」と問いかけてきた。


「だって、それだけ娘さんのことを大事に思ってらっしゃるんでしょう? お父さんのその気持ちは娘さんにも伝わっていますよ」

「そ、そうだろうか……」

「そうですよ。お父さんが心配する必要のない相手に決まってますって」

「そ、そうかな……」

「ちなみに相手の写真とかはないんですか?」

「う、うん。娘ときたら彼氏のことだけは秘密主義でね、一向に話してくれないのだよ」


 ……あー、ダンディには悪いけど、これ、もしかするとパリピの可能性あるんじゃないか?


 相手の写真を見せたら反対されるに決まってるとか、そういう不安で相手を知られたくないとか、そういうやつ。


 とはいえ、この場はダンディを励まさないと解放されないだろうしなと、必死にかけるべき言葉を探していた矢先、後方から聞き慣れた声が耳元へと届いた。


「あっ! 蓮くん、やっと見つけた! お手洗いの前にいないからどこに行ってたのか……」


 振り返った先に見える、かのんの愛らしい表情がピタリと硬直している。


 何が起きたのかと思った瞬間、かのんは驚くべき言葉を口にした。


「……お父さん? どうしてここにっ!?」

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