18.回転寿司

・オシャレな店で、えるランチをキメる



 ――星月さんによる渾身の『デートのしおり』には、達筆とは縁遠い単語が羅列されていて、俺は今日何度目かわからないため息をついた。


 オシャレな店はまあわかる。映えるランチをキメるってのはなんだ?


 カワイイとか見栄えのするメニューを選べってことなんだろうかと、自分なりに解釈したまではいいけれど、あいにくそんな店には行ったことがない。


 ひとりで出掛けて外食する時は、大抵、ハンバーガーやラーメン、牛丼とかで済ませちゃうもんなあ。


 そういった店にかのんを連れて行ったら電流を流されそうだし……。かといって、どういう店がベストなのかもわからない。


 レストランやフードコートの案内図を見やりながら、無難なところでパンケーキにするべきかな、なんて、クリームがたっぷり乗った写真を眺めていると、おもむろにかのんは口を開いた。


「ねえ、蓮くん。ちょっと聞きたいんだけど」

「どうした?」

「回転寿司ってどんなお店?」


 かのんの青い瞳が見やっているのは、全国でも有名な回転寿司チェーンの看板写真で、どうやらこのショッピングモール内にも店舗があるらしい。


「どんなお店って聞かれてもなあ。寿司が回転してるとしか……」

「え゛? お寿司が? 回るの? なんで?」

「なんでって……。改めて聞かれると困るんだけど、もしかして行ったことないのか?」


 ミルクティー色をしたロングヘアを軽く揺らして、かのんはこくりと頷いた。


「お寿司は目の前で板前さんが握ってくれるものじゃない」

「あー……。回らないタイプのやつね。俺にしてみたらそっちのが珍しいっていうか……」


 かのんは言っている意味がわからないとばかりに、頭上に巨大なクエスチョンマークを浮かべている。


 そりゃそうか、百均すら行ったことがないお嬢様だもんなあ。回る寿司とか、なんだそりゃって話だよ。


 そんなわけなので、回転寿司というのがどういうものなのかを説明することに。


 レーン上をお寿司やデザートが流れていて、そこから好きなものを取って食べるというシステムで、他にもサイドメニューにはラーメンやポテトもあるんだぞ。


 ……と、こんな具合で、かいつまんでの内容だけれど、かのんの好奇心を焚きつけるには十分だったようだ。


 話の途中から前のめりになりつつ、青い瞳をキラキラと輝かせ、うんうんと熱心に聞き入っている。


 あ。この感じはもしかして……と、予感じみたものを覚えるのと同時に、かのんは爛々と声を上げてみせた。


「蓮くんっ! 私! 回転寿司のお店に行ってみたいっ!!」


 やっぱりなあ。そう言うと思ったんだよ。オシャレとはかけ離れたお店だぞ? 映えるメニューがあるかどうかもわかんないし。


 連れて行ったら電流の刑に処されないかなと一抹の不安は覚えるものの、考え方を変えれば、かのんがリクエストした店に連れて行くという、いわば、かのんが喜ぶことを実行しているワケだ。


 すなわち、電流の刑は回避されるに違いない。QED、証明完了。


 回転寿司なら財布にも優しいし、オシャレなお店探しに頭を悩ませる必要もない。


 興味津々といった様子のかのんを引き連れ、俺は回転寿司店へと足を向けた。


***


 店に到着するなり、かのんのテンションは爆上がりで、四人がけテーブル席に通されるなり、舞浜にある夢の国のテーマパークに来たのではないかと思わせるぐらいのはしゃぎっぷりだ。


「すごいっ! 本当にお寿司が流れてる……!! あっ、あっ、ケーキもあるっ!」

「粉末のお茶!? 粉末なの!? なんで!?」

「ホントだ! お湯が出る! お湯が出るよ、蓮くん!!」

「ハンバーグ!? お寿司でハンバーグ!? みかんサーモンってなに!? みかんの味がするの!?」


 見るもの触れるものがすべて新鮮だったようで、タッチパネル式の注文とかもえらい感動してたからな。


 途中、レーンの上にある、もうひとつのレーンを高速で流れていくお寿司を眺めながら、


「もしかして、あのお寿司を取ったらボーナスポイントとか!?」


 とか、よくわからないことを真顔で推理していたのは面白かった。なんだよ、ボーナスポイントって。何のボーナスなんだよ。


 ……とにもかくにも。


 初めての回転寿司にかのんは大満足だったようで、特にエビアボカドとミルクレープをいたく気に入ったみたいだ。 


「こんなお店があるなんて……。天国みたい……」


 青い瞳をうっとりとさせ、かのんは恍惚と呟いてみせる。百均の時と同様、楽しんでもらえたなら何よりだ。電流の刑も回避できるし。


「ところで蓮くん、これなぁに?」


 かのんが指し示したのは、テーブルの脇にある食べ終わった皿を入れる穴で、五枚投入すると抽選でグッズがもらえるっていうアレだ。


 確か、ちょっとしたオモチャとか、ピンバッチとか、あくまで子供向けのグッズばかりだったような気もするけど、回転寿司初体験のかのんには魅力に感じたらしい。


「そんなのあるの!? じゃあ、私、当たるまでやるね!」


 そう宣言して、食べ終えたお皿をドンドンと投入していく。


 おいおい、怖いこというなよ……。当たるか当たらないかは運次第だし、下手すりゃ三〇皿投入しても当たらない時だってあるんだからな?


 ただまあ、持ってる人は持ってるモンなんだね。かのんときたら、一回目で当てちゃうんだもん。……マジか。


「えっ!? 当たったっ! 蓮くん、当たったよっ!」


 これがビギナーズラックというやつなのだろうかと、回転寿司にビギナーズラックもないなと思い直しながら、タッチパネル付近のガチャガチャから出てきたカプセルを取ってみせる。


「何が入っているのかなあ……」


 ワクワクが止まらないといった様子のかんんが、不慣れな手付きでカプセルを空けると、中には小さなフィギュアが入っていて。


 これがまあ、カワイイのか不気味なのかよくわからない、身体の上半分がネコ、下半分がイルカという、回転寿司店オリジナルキャラの『ネコイルカ』という微妙過ぎるモノだった。


 これには流石のかのんもガッカリしているのではと思ったんだけど、こちらの予想とは裏腹に、かのんは頬を紅潮させて、ネコイルカのフィギュアを見やっている。


 ……いや、微妙じゃないか、それ? あんまり可愛くもないし。


「ちっちっち……。蓮くんってば、乙女心がわかってないなあ」

「何が?」

「可愛いとか可愛くないとか、そういうのは関係ないのっ」


 首を傾げる俺に向かって、かのんは続けた。


「蓮くんと初めてのデートで当たったモノなんだもん。私にとっては特別だよ」


 かのんはエヘヘとはにかんで、ネコイルカのフィギュアを大事そうに握りしめる。


「百円ショップも回転寿司も初めてだったけれど、蓮くんと一緒だったから楽しめたよ」

「そんなこと」

「ううん。そんなこと、あるよ」

「……」

「蓮くんのおかげで、初めてのこと、いっぱいできた。やっぱり好きな人と一緒にいるのはいいね」

「かのん……」

「これからも、ずっと一緒にいてくれると嬉しいなあ」


 にぱーと無邪気に笑って、かのんは再びネコイルカを眺めやった。


 五兆点は差し上げたい極上の笑顔を前にしても、何も言うことができなかった俺は、表情を隠すように湯呑みを口元へと運んだ。

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