17.100円ショップデート(後編)
駅直結のショッピングモールはとても大きく、多くの人たちで賑わっている。
地元から二駅離れただけなのにえらい違いだなあとか、ぼんやり口を半分開けて眺めていると、同じことを思っていたのか、かのんがため息混じりに呟いた。
「いろんなお店でいっぱいだねえ……」
瞳をキラキラと輝かせ、忙しくあたりを見回す様は、遊園地にきた子供のようにも思えて、ちょっと和んでしまう。
「ここ、蓮くんは来たことないの?」
「初めてだよ。話には聞いていたけれど、引っ越しとかで忙しかったしなあ」
衣料品店に食品店、家具や小物雑貨のお店、フードコートにカフェ、それからレストラン。さらには映画館にゲームセンター……などなど。
一日中いても飽きないだろう、多種多様な店舗案内に後ろ髪を引かれながらも、俺たちは目的の場所に一直線へ向かうことにした。
***
ショッピングモール三階に位置する百円ショップは、フロアのほぼ半分を占める売場面積が自慢ということで、何度かテレビで取り上げられていたのを見た記憶がある。
一度は行ってみたいなあと思っていたけれど、まさかこんな形で来るハメになるなんてなあ。
ポケットから再びメモを取り出し、視線を落とす。星月さん作のしおりに書かれたふたつ目の文章に目を通しながら、俺は頭を悩ませた。
・かのん様と岡園殿、お二人で楽しめる共通の趣味を見つける
親密な関係になるため、ということなんだろうけどさ。個人的にはいささかお節介が過ぎるといいたいところだ。
趣味嗜好なんて人それぞれなんだし、無理やり合わせる必要なんてないだろうに……。
はてさてどうしたもんかねえと思っていると、隣にいたはずのかのんがいつの間にかいなくなっている事に気付いた。
「お〜い! 蓮くんっ! こっちこっちっ!」
大きく手を振るかのんがいたのは、『コスメ・ビューティー』コーナーの一角で、興奮しながら商品を両手いっぱいに持っている。
「すごいんだよっ!! アイシャドウもネイルも、こんなにいっぱいバリエーションがあるのに、全部一個百円なんだって!」
……そりゃ百均だからなと突っ込みたくなる気持ちを抑え、それは良かったと頷いておく。
「あと、向こうにもメッチャかわいい髪止めとかもあったし! 小物も、いっぱい、あった! ぜんぶ、ひゃくえん!」
興奮のあまり、最後の方は片言じみているけれど、本人は早くも満喫しているみたいなのでなによりだ。
……そうだよ。本来の目的は『かのんが楽しむこと』であって、こうして盛り上がれるなら、無理に共通の趣味とか見つけなくてもいいじゃないか。
そんな風に考え直した俺は、星月さん作のしおりをポケットに押し込み、かのんの買い物へ付き合うことにした。
***
初体験ということで、百円ショップの滞在時間も相当に長くなった。
気がつけば一時間以上は経っている。そろそろ足が悲鳴を上げ始めている頃合いなので、俺たちは商品の入ったカゴを片手にレジへ向かうことにした。
あれだけはしゃいでいたにも関わらず、かのんがカゴの中へ入れたのは、文房具とネイルなど五個だけで、
「ココ、キケン……。吟味しないと、キリがない……」
……と、またもや片言混じりに声に出しつつ、堅実な買い物術を披露するのだった。お菓子コーナーで二〇分ほど粘っていたけど、よく我慢したなあとちょっと感心。
「『ブタ○ン』って何!?」とか、百均限定のチロル○ョコを手に取って、「見たことない味だよ!? 何なのこの店!? 天国なの!?」とか言ってたぐらいだからな。
そうだよなあ。普通のスーパーで見かけるようなお菓子だけじゃなくて、駄菓子も豊富に揃ってるからな。俺だってたまに『う○い棒』とか買っちゃうし。たまに食べる『うま○棒』が美味いんだよなあ。
とはいえ、今日の俺の買い物はといえば、切れかかっていたコーヒーフィルターと排水口のネットを買ったぐらいで、傍から見れば高校生男子の買い物とは思えないワケで。
こういうところがオカンと言われてしまうのだろうかと、自虐混じりの考えが頭の中を巡っていると、隣に並ぶかのんの足がピタリと止まった。
「? どうした?」
「あれ」
指差した先には『ハンドメイドコーナー』があり、色とりどりの毛糸や
百均では珍しくないラインナップだけど、初めて来るかのんにとっては新鮮だったようだ。
「ああいうの、専門店へ行かないと売ってないのかって思ってた」
「ああ、手芸品店か。確かに品揃えはそっちがいいけど。手軽に始めるなら百均のほうがいいぞ」
何を隠そう、かのんが持っている黒ネコのぬいぐるみも、百均で買ったフェルト生地とかで作ったやつだしね。
まあ、値段のことをバラしてしまうと、そんな安っぽいものを渡してしまったのがちょっと恥ずかしいんだけどさ。
しかしながら、その話を聞いたかのんは、かえって裁縫に興味を抱いたらしく、
「……私も縫えるかなあ」
と、そんなことを言い出した。
「練習すれば誰でもできるようになるよ。俺で良ければ教えるし」
「ホント!?」
「うん。……とはいっても、初歩的なところぐらいしか教えられないけ」
「やるやるっ! やってみるっ!」
話を最後まで聞かずに、かのんはハンドメイドコーナーへと駆け出した。慌ただしいなあ、おい。
まあ、これが共通の趣味になるかもしれないしな。本人もやる気みたいだし、一緒に裁縫を楽しむのもいいだろう。
ただ、気になるのはかのんは物珍しそうに様々な種類の布や糸の触り心地を確かめているってことで……。
……もしかして、大きなぬいぐるみを作る気なんじゃないだろうかと尋ねる俺に、一点の曇りのない瞳でかのんは「うん!」と頷いてみせたね。
あー……。かのんさんや、なんというかだね。始めから大きなぬいぐるみはちょっと無謀というか、それなら手芸品店で生地とか道具を揃えたほうがいいっていうか……。
とはいえ、本人のやる気を削ぐわけにもいかず、俺は近くにあった毛糸の束をひとつ取って、こんな提案をしてみせた。
「大きなぬいぐるみを作るなら、『あみぐるみ』とかどうだ?」
「あみぐるみって?」
「こういう毛糸を使ってな、かぎ針とハサミとかを使って縫い合わせていくぬいぐるみなんだけど……」
以前作った、小鳥のあみぐるみを写真に収めていたはずだと、スマホを取り出して画像を見せる。
「わっ!! 超カワイイ!!」
「うん。これなら百均でもある程度道具が揃うから」
「決めた! 私、これにする!」
「決断早っ!!」
……まあ、あみぐるみもある程度は教えられるしな、結果オーライということにしよう。いきなり巨大なぬいぐるみ作りに取り掛かって、途中で挫折されるよりいいだろう。
とにもかくにも。カゴの中へ手芸用品をいくつか追加し、俺たちは改めてレジへと足を運ぶのだった。
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