16.100円ショップデート(前編)

 俺だって、星月さんに言われるまでもなくデートというからにはちゃんとしようと考えている。


 目的地が百均だろうと、慣れないなりに一生懸命エスコートしようと決意しているワケですよ。

 

 ただなあ……。監視まで付いちゃうとちょっと話が変わってくるというか……。


 必要以上に萎縮して、普段通りに振舞えない可能性が高いと思うんだけど、そこらへん、あの黒髪メイドさんはどう考えているんだろうね?


 ま、悩んでも仕方ないなと顔を上げた瞬間、周囲にいる人たちの視線が、ある一点へ向けられていることに気がついた。


 何かあったのだろうかと、同じように視線を転じてみると、そこにはミルクティー色をしたロングヘアの少女がいた。


 それは他の誰でもなく、かのん本人だったんだけど……。特筆すべきは、春らしい可憐な装いだ。


 トップスにはVネックの白いニット。カーキ色をしたミモレ丈のスカートからは、軽く素足がのぞいている。


 差し色だろうか、くすんだ茶色のショルダーバッグがとても似合っていて、制服のブレザーや部屋着以外に初めて見るオシャレな格好に、俺は思わず息を呑んだ。


「お待たせ、蓮くん。ごめんね? 美雨に捕まちゃって、支度に時間が掛かっちゃった」


 かのんの青い瞳が真っ直ぐに俺を捉える。


「美雨ってば、ものすっごく大きなため息ついて怒るんだもん。普段着でいいって言ったのに……」


 ブツブツと小言を漏らすその様子に、ようやく我に返った俺は、心の中で「星月さんグッジョブ!」と親指を立てた。


「かのん」

「なに?」

「似合ってるぞ」

「……っ!」

「いや、いつもの格好もいいけど、今日は一段と可愛らしいな」


 素直に感想を口にしただけなんだけど、かのんの顔はみるみるうちに真っ赤になって、照れくささを誤魔化したいのか、ショルダーバッグを叩きつけてくる。


「もうっ! もうっ! 蓮くんってば! 女の子相手なら誰にでもそういう風に言うんでしょ!?」

「痛っ! 痛いって! 誰にでもなんて言うはずないだろ!?」

「ほ、ホントに……?」

「うん。今日のかのんは特別可愛いと思ったからさ」


 すると、かのんは一瞬だらしない顔を浮かべ、「うへへへへ」と、これまただらしない笑い声を上げた後、はっと表情をあらためた。


「……コホン。……もう、蓮くんってば上手なんだから」

「……きちんと振る舞おうとしなくてもいいじゃんか。いつも通りで大丈夫だぞ」

「こ、これでも気をつけてはいるんだよ? 蓮くんと一緒なんだし、しっかりしなきゃって」

「別に気にするなって。デートなんだろ? 気を遣わずに楽しもう。な?」


 俺の言葉に、にぱーと、いつも通りの無邪気な笑顔で応じるかのん。


「蓮くん」

「ん?」

「ありがとっ!」


 お礼の言葉を口にすると同時に、周囲の視線などおかまいなしで、かのんは抱きついてきた。


 近くにいた同年代と思われる男性たちからは舌打ちが聞こえ、年配の人たちは「あらあら、若いっていいわねえ」と微笑ましくこちらを眺めている。


 正直言えば、このまま柔らかな感触に浸っていたい欲求に駆られたけれど、流石に公共の場ではそういうわけにもいかず。


 俺はかのんを引き離すと、不満げな青い瞳を見据えながら「人目があるから、な?」と優しく諭すのだった。


 と、その瞬間。


 左ポケットの奥からビリビリという衝撃が全身を貫いた。


「痛ってぇ!!?」

「ど、どうしたの?」

「い、いや、何でもない……」


 急に大声を上げたものだから、より一層周りの注目を集めることになったけれど、こっちはそれどころじゃない。


 本当に電流が流れるんじゃん、この箱!


 慌ててあたりを見回してみたけれど、星月さんの姿はおろか、それっぽい人影すら確認できない。


 いますぐこの箱を投げ捨ててやりたいと思ったけれど、捨てたら捨てたで後が怖そうだしなあ……。


「蓮くん?」


 かのんは心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。かのん自身も昨日の星月さんの発言が本当だったとは夢にも思ってないだろう。


 かといって、打ち明けたら打ち明けたでデートどころの騒ぎじゃ済まないような気もするし。


 とにもかくにも平然を装い、俺たちは駅の改札へ向かって歩き出した。


***


 電車の中でもかのんは注目の的で、老若男女問わず、チラチラと視線を向けられている。


 モデルとかアイドル顔負けのルックスだしなあと納得しながら、ドア付近に陣取った俺たちは流れゆく景色を眺めていた。


「百均行ったことないって言ってたけど、中学の時、友達とかと行く機会はなかったのか?」

「うん。話題は何度か出たんだけどね」


 聞けば相当なお嬢様学校だったらしく、同級生たちも揃って百均に行く勇気がなかったそうだ。


「そんな覚悟を決めて行くような店じゃないんだけどなあ?」

「う〜ん……。それでもやっぱり、相当勇気がいると思うよ? 車で送り迎えされる子もいるような学校だったし……」

「かのんも?」

「ううん、私は美雨と一緒に登校してたから。こうやって電車にも乗れるし、そこまでお嬢様してたわけじゃないもの」


 そう言って、はにかむかのん。


 ……そういえば。


 こんな風に、かのんの昔について知る機会っていままでなかった気がする。だからこそ、心の中にずっとモヤモヤが残っていたわけだ。


 やれやれ。こうなると「親密になれ」という星月さんの指摘も、あながち的外れではないのかもしれない。……GPSと電流はやりすぎだと思うけどな!


 とはいえ、今回はかのんをエスコートするのと同時に、詳しく話をするチャンスでもある。


 デートが終わる頃には胸のつかえも解消していますようにと願っていた最中、車内に目的地の駅名を告げるアナウンスが響き渡った。

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