15.デート前日
日曜日。
いよいよ『百円ショップデート』当日を迎え、俺はひとり、駅前のバスロータリーで佇んでいた。
待ち合わせの時間まではあと十五分。
スマホの時計を確認してから、ポケットの中に入れておいたメモを取り出す。
『幼なじみデートのしおり』
毛筆で流麗に書かれた表題にため息を漏らしつつ、箇条書きのひとつ目に視線を落とした。
・デートの十分前には待ち合わせ場所へ到着しておく
……わざわざ書かれなくても時間は守るっての。
星月さん作による渾身のしおりは、気持ちを萎えさせるにはこれ以上ない効果を発揮して、俺は思わず肩を落としそうになるのを必死に堪らえた。
(ヤバイヤバイ。どこで誰に見られているかわかんないからな。しゃんとしなければ)
姿勢をただし、メモをポケットに押し込む。ちなみに反対側のポケットには超小型のGPSが入っているんだけど……。
これにも深い事情があったりするワケだ。
***
昨日の夜。
いつの間にか習慣となった隣の家での食事作り兼夕飯を終えると、俺は翌日の予定についてかのんと話し合うことにした。
「百均なら駅前にあるし、買い物が終わったらお茶でもしようか?」
「うん! そうしよう! 蓮くんとデートなんて、楽しみだなあ!」
「そんな大げさな……。じゃあ、明日迎えに来るから」
「お待ちください」
ピシャリと話を遮ったのは星月さんの冷ややかな声だ。
「なんですか? お二人ともせっかくのデートだというのに、色気がないではないですか!?」
テーブルをだんっと叩きつけ、黒髪のメイドは声を上げる。
「いや、デートって言うけどさ、百均だぞ、百均。色気もなにもあったもんじゃないって」
「シャラッープっ! 言い訳など聞きません! かのん様もかのん様です!」
「ふぇっ!? わ、私!?」
「なにを一方的に言いなりになっているのですかっ! 待望のデートなのですよ!? もっとこうしたいああしたいと相手に望むのが年頃の乙女の嗜みというものでしょう!?」
「そ、そうかなあ?」
「でもなあ……。俺もかのんもお互いこういうの初めてだし……」
「ええ、ええ! そんな寝言をほざくと思っておりましたともっ!!」
そう言ってテーブル上へ差し出される一枚の紙切れ。
「先日も申しましたが、私が完璧な『幼なじみデートプラン』を考えておきました。事と次第によっては不要になると思っていたのですが……。やはり用意しておいて正解でしたね」
デートのしおりと銘打たれたメモに目を通す。えーっと、なになに……。当日は駅で待ち合わせ、二駅隣のショッピングモールへ移動……ってなんだこれ?
「あれからこの近辺の百円ショップについて調べたのです。そのショッピングモールの中に入っている店は、日本でも有数の規模だとか」
「わざわざそこまで行かなくても……」
「……ほう。私の推しとのデートだというのに、適当なお店で済まそうと? そうお考えですか岡園殿?」
「……いえ、滅相もない」
指をポキポキ鳴らしてながら迫らないでもらえませんかね、怖いんで。
「ねえ、美雨。駅前で待ち合わせって書いてあるけど」
家が隣同士なんだし、一緒に行けばいいじゃないと言いたげなかのん。
これ以上なく大きなため息を吐くと、星月さんは心底がっかりした顔を浮かべた。
「……正気ですか? かのん様。まさか私の推しが想像以上にポンコツだなんて思いもしませんでした」
「だからぁ、ポンコツっていうなぁ!」
「家が隣同士だから一緒に出かけるぅ? はっ! ちゃんちゃらおかしな話ですねぇ? おままごとやってるんじゃないんですよ?」
外国人のリアクションのように両手を掲げ、星月さんはさらに続ける。
「いつも一緒にいる相手だからこそ、新鮮さというのが大事なのです! し・ん・せ・ん・さ。はい、リピートアフタミー」
「し、し、新鮮さ」
「よろしい。それに、どうせかのん様のことですから、せっかくのデートだといえども、適当にラフな格好で済ませるのではないかと」
「そ、そんなことないもん!」
「百均行く程度だし、そういうのでいいんじゃ」
「お黙りなさい!」
「……はい」
「当日は私が腕によりをかけて、かのんさまのお召し物を見繕いますっ!」
「わ、わかったわよぅ……」
「それと、岡園殿にはこれを」
その言葉とともに、小さな四角い形状の黒い物体が差し出されたんだけど、何コレ?
「天ノ川家特製のGPSです」
「……は?」
「当日、どこにいるか把握できるように持っていてください」
「……なんで?」
「こんなに可愛らしい私の推しと、一日中一緒なのですよ? 色気を出しすぎて変な場所へ連れて行かれてもたまりませんので」
「行かないって!」
「それと、デートプランに従っているか確認する意味もあります。場所がわかれば尾行もできますし、プラン通りに進んでいるかもわかりますので」
「そこまでチェックするのか……」
「当たり前です!! 私の推しっ! かのん様とのデートなのですから!!」
鼻息荒く力説する黒髪のメイド。……ちなみに従わなかったらどうなるんだろうか?
「ご心配なく。もれなくその箱から電流が流れる仕組みになっておりますので」
「……流石に冗談だよな?」
「いえ? 大マジのマジですが」
拷問じゃん! と、突っ込むよりも前に星月さんは口を開いた。
「とにかく! 痛い目にあいたくなければ、デートを成功させてください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます