14.転校について

 放課後、桜並木の通学路を歩きつつ、俺たち三人は終始無言だった。


 普段なら、かのんが無邪気に笑いながら話しかけてくれるけれど、今日はいつになく沈んだ表情のままだ。


 一歩後ろに下がって付き従う星月さんも、じぃっと様子をうかがっているみたいだし。


 やっぱり陽太のあの質問が原因なんだろうなとは思いつつ、かといってこのまま聞かなかったことにもできないと、俺は覚悟を決めて、かのんへ問いかけた。


「女子校出身っていってたけど……」

「……うん」

「共学から転校したんだ?」

「……うん」


 ……気まずい。当たり障りのない質問なのに、空気が重すぎるっ。


 こんな風になるなら聞かなきゃ良かったとは思うけど、「なんでまた?」と続けないのはかえっておかしいもんなあ?


「岡園殿。いま、『なんでまた、そんな中途半端な時期に転校したんだ?』とお考えでしたね?」


 俺とかのんの間へ割って入ったのは星月さんで、黒髪のメイドは心を見透かしたように口を開いた。


「それもこれも岡園殿。すべては貴方が原因なのですよ」


 突如としていわれのない罪が、いままさになすりつけられようとしているんだけど。


「かのんの転校に俺は関係ないだろう」

「いいえ、あります」


 星月さんはビシッと断言し、それから転校に至る事情を話してくれた。


***


 元々、かのんは女子中学校に進学する予定だったが、入学直前までそれを嫌がっていた。


 というのも、もしかしたら中学入学を機に、俺と再会できるかもしれないと考えていたらしい。


 俺の父親は転勤族だし、この数年間は各地を転々としていた。だったら、生まれ故郷でもあるこの街に帰ってくる可能性も高いのではないか?


 とはいえ、そんな理由で共学へ通うことを、かのんの父親は猛反対……って、そりゃそうだろうな。


 そこでかのんは『ある条件』を突きつけ、条件が満たされない場合は女子校へ通うという約束を取り付けたそうだ。


 それが、『共学の中学に俺がいなかった場合は、どんな状況でも女子校へ編入する』というもので、かのんの父親は渋々それに了承した。


***


「おわかりですか?」

「ちょっと何言ってるかわかんない」


 そりゃそうだろ? 誰だって俺の立場になったらおなじ風に思うだろうさ。


 っていうか、俺がいないから転校とか、現実離れしすぎてついていけないっていうか……。


 思わずかのんに「いまの話本当?」とか確かめちゃったもん。


「う? う、うん……」

「マジか……。どうして教えてくれなかったんだ?」

「えっ? えーっと、それは……」


 青い瞳を泳がせて、しどろもどろのかのんに変わり、話を切り出したのはまたもや星月さんだった。


「決まっているではないですか。かのん様にしてみたら、こんなこと、かっこ悪くて言えないでしょう?」


 切れ長の瞳に鋭さをたたえて、黒髪の知的美人は続ける。


「いくら発想がポンコツで、お子様のようなダメダメ思考の持ち主とはいえ、意中の相手がいないから転校したとか、あまりにダサいではないですか」

「ちょ……! 美雨! それ酷くない!?」

「いいえ、酷くなんかありません! 事実ですからねっ!」

「わ、私、ポンコツじゃないもんっ!」

「何をおっしゃいます! 天下の天ノ川家のお嬢様が色恋にうつつを抜かして進学を決めるなど……!!」


 説教モードに入った星月さんに気圧されるかのん。ああ、よかった、いつも通りの光景が戻ってきたかと安心したのも束の間。


 星月さんはその矛先を突如として俺に向けた。


「大体、岡園殿も岡園殿です! どうしてかのん様に関心を持たれないのですか!?」

「そんなことないけどなあ」

「いいえ、あります!」


 即答で断言されてしまった。


「貴方にしてみたら、たかだか『幼なじみの真似事』なのかもしれませんが、かのん様は本気なのですよ!? 少しはそのお気持ちを汲んでいただいてもっ」

「いやいやいや! 真似事なんて思ってないって!」

「それはどうでしょう? かのん様のご厚意に甘えて、適当にやり過ごされているだけなのではないですか?」

「ちょっと、美雨! 言い過ぎ! そんな事ないよね? ね、蓮くん?」


 かのんは庇ってくれるけれど、正直、胸の奥がチクリと傷んだのも事実だ。


 かのんみたいな美少女に言い寄られるなんて生まれて初めての経験だし、浮ついた気持ちは否定できない。


 かのんについて何も知らないというモヤモヤが、それに拍車をかけている。


『お互いのこと、これからゆっくり知っていこうね?』


 前にかのんはそう言ってくれたけど、いざ二人っきりになるとどうしていいのかわからなくなってしまうというか……。


「まったく……。私の推しの何が不満なのですか? こんなにキューティクルな髪の色、南国の海を思わせる青い瞳、愛らしい顔に抜群のプロポーションっ! 全身からは甘い香りが漂い、ファビュラスな気持ちにさせてくれる存在だと言うのにっ!! いったい! 私の推しのっ! どこにっ! 不満があるのかとっ! 問い詰めたいっ!! ええ、問い詰めてやりたいですともっ!!」


 気がつくと、星月さんは声も荒く、俺の両肩を力いっぱいに掴み、ぐわんぐわんと激しく前後に揺さぶっている。あの、超痛いんですけど。


「はあはあ……。……失礼。少し取り乱しました」

「これで少しか」

「とにかく! いいからさっさと親密になっていただけませんかっ!?」


 俺の眼前に人差し指を差し向けて、黒髪のメイドは言い放った。


「これ以上、ぬるい関係を続けられるようでしたら、私にも考えがありますので!」

「ぬるいって、おい」

「おや、そのご自覚はおありかと思ってましたが?」


 ……う。そう言われると反論の術がないっていうか。


 かのんはかのんで、期待の眼差しでこっちを見てるしなあ。どうしたもんか。


 親密ねえ? 経験ないからわかんないだよなあ。一緒に出かけて遊んだりとか、ご飯したりとか、そういうのなんだろうけどさ。


「蓮くんと一緒にお出かけ……。それってつまり、デートのお誘いだよね!」


 頭の中だけで考えていたことが、どうやら声に漏れ出てしまっていたらしい。


 星月さんを押しのけて、かのんは身を乗り出し、キラキラとした眼差しで俺を真っ直ぐに見やった。


「デートっていうか、一緒に出かけるだけだぞ?」

「立派なデートじゃない! 行こうよ! 一緒に!」


 いつも通りのにぱーとした笑顔を浮かべ、かのんは声を弾ませている。


 出かけるのは構わないけど、こういう時ってどこに誘ったらいいんだ? 遊園地とか? 映画館とか?


「蓮くんが行きたい場所だったらどこだっていいよ!」

「それが一番困るんだけどなあ。……あ、そうだ、逆にかのんはどっか行きたい場所とかないのか?」

「私?」

「うん。俺、こういうのに疎いしさ、女の子の方が詳しいかなって」


 どうせなら、かのんが楽しめる場所へ一緒に行けばいいという思いからの言葉だったんだけど。


 二秒ほど思案してから呟いた、かのんの答えに俺は耳を疑った。


「じゃあ私、百円ショップに行きたい!」

「……はい?」

「あれ? 名前合ってるよね? 何でも百円で買えるお店なんだけど」

「百均はわかるけど……。え? マジで言ってるの?」

「え? 大マジだけど?」


 不思議そうに俺の顔を覗き込むかのん。……よりによって百均かよ!?


「……いいでしょう」


 呆気にとられる俺を無視するように、星月さんが声を上げた。


「百均だろうが遊園地だろうが映画館だろうが、デートはデート、場所に関係ありません!」


 いや、あるだろ。


「全ては私にお任せください! 幼なじみデートにふさわしいプランを考えて差し上げます!」

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