13.ランチと隠し事

 それから数日間、俺の心のモヤモヤをよそに、かのんはいつも通り上機嫌で過ごしていた。


 にぱーと無邪気に笑う様も、時折見せるちょっと間抜けな感じもそのままで、まるで勉強会での動揺が嘘みたいだ。


 ぬいぐるみの件は突っ込まないほうがいいんだろうかなと、そんな風に思っていた矢先のこと。


 昔のかのんについて知る機会が急に訪れた。


 きっかけは旧友であり、オカンというあだ名の名付け親でもある陽太だった。


 ある日の昼休み。


 いつも通りにかのんと星月さんと待ち合わせ、学食へ向かおうとしていた俺を呼び止めた陽太は、「一生のお願いだ」と切り出して、合掌しながら頭を下げた。


「天ノ川さんたちとメシ食いに行くんだろ!? 頼むっ! オレも一緒に混ぜてくれっ!」


 今まさに椅子から飛び降りて、土下座でもしそうだなという勢いだ。


「……急にどうした?」

「お前にはわかんねえだろうけど、美少女と昼食を共にするなんてのはな、全銀河系高校男子の憧れでしかないんだよ!」

「規模がでかすぎて、意味がわからん」

「とにかくっ! オレだって美少女とお近付きになりたいんだ! 紹介してくれなんて贅沢は言わない! 一度でいいからご一緒させてくれ!!」


 それは構わないけどさ。クラスの女子たちが最低と言わんばかりに、お前へ冷たい眼差しを浴びせかけているのには気付いているか?


 ……はあ。まあ、しょうがないか。かのんたちにも陽太は紹介しようと思ってたしな。


「おお、本当か!? 流石はオカン! オレの親友だけはあるな!」

「誰が親友だ、誰が」

「照れるな照れるな! そうと決まればさっさと行こうぜ!」


 と、こんな具合にお気楽な旧友を引き連れて学食へ向かうことになったんだけど。


 このわずか数十分後に、かのんのとある隠し事が判明するなんて、俺はこの時想像もしなかったのだ。


***


「いやぁ、光栄だなあ! こんなにかわいい二人とご飯を一緒にできるなんて!」


 学食の片隅にある四人掛けテーブルに腰を下ろし、陽太はデレデレとだらしない顔を浮かべている。


「えっと、森くん、だっけ? 蓮くんのお友達の」


 問いかけるかのんは、どことなく他人行儀だ。うーん、やっぱり連れてこないほうが良かったかな?


 一緒にランチをしたいヤツがいるんだけどいいかと尋ねた際には了承してくれたけど、かのんなりに気を遣ってくれたのかもしれない。


 一方、陽太はそんなことを気にする素振りもなく、自分が頼んだA定食には一切手を付けないで、饒舌に応じ返している。


「そう! 天ノ川さん、そうなんだよ! オカン……いや、蓮の親友といえば、このオレ、森陽太を置いて他にいないからさ! 聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれっ!」

「そうなの?」

「コイツの言うことは真に受けなくていいから。聞き流してくれ」

「おいおい、親友。随分と手厳しいじゃないかよ! 彼女の前ではカッコつけたいってかぁ?」


 彼女、という単語に反応したのはかのんで、かぁっと頬を赤く染めては、


「もう、やだなあ! 森くんってば!!」


 と、普段の素に近い声を上げてみせた。


「……まったく、やかましいですね」


 間を割って冷ややかな声を浴びせるのは星月さんだ。


「岡園殿のお友達というからには、さぞかし落ち着いた人物かと思いましたが、まさかこのように五月蝿い方とは……」


 切れ長の瞳を陽太へ向け、星月さんは露骨な嫌悪感を表している。


 しかし、それに動じないのが陽太の図太いところで。


「いやいやいや! 手厳しいなあ! でもでも、美人に怒られるのもなんか快感っていうか、クセになるっていうか!」


 そう言って、全身をくねらせる始末なのだ。お前すげえよ。ある意味尊敬するわ。……いや、やっぱりできないわ。


「……本気で仰っているのであれば、下品極まりないですね。脳にハエでもたかっているのでは?」

「あっ! いい! そういうの! そういうのもっとちょうだい!」

「いいから黙ってもらえませんか、白菜顔。それ以上余計なことを話すようでしたら、口元を縫って差し上げます」

「最高の言葉だよ、星月さん! オレ、なにかに目覚めちゃいそう!」


 ……たった数秒のやり取りで、旧友がドMに目覚めようとしている。流石に看過できないので、いいからご飯にしようと強引に話題を切り上げたのだった。


 で、それから数分間。テーブル上では他愛もない会話が繰り広げられ、俺はようやく訪れた平和な時間に安堵を覚えた……と、そんな風に思っていたんだけど。


「そういえば」


 ガラリと雰囲気が変わったのは、やはり陽太の呟きが元で、旧友は思い出したように、かのんの方を見やって続けた。


「天ノ川さんと同じ学校に通っていたダチに聞いたんだけどさ」

「……え? 陽太に女子校の友達がいたのか?」

「はぁ? 女子校ってなんだよ。共学のやつだよ、共学」


 何を言っているんだとこちらへ一瞥をくれて、陽太は視線を戻した。……いやいや、共学のやつがかのんと同じ中学なわけがないだろう? 女子校に通ってたって言ってたんだぞ?


「ああ、それじゃあ本当だったんだ」

「何が?」

「一年の一学期の途中、天ノ川さんは別の学校へ転校したって言ってたんだよ、そいつ」


 ……なんだ、それ。かのんからはそんな話、聞いてないぞ。


「いやあ、オレも不思議に思ってたんだよ。入学早々転校なんてありえないだろってさ。別人じゃないかって思ったんだけど、あんな可愛い子、見間違うはずがないって言っててよ」


 ペラペラと話を続ける陽太とは対照的に、かのんは張り付いた笑顔のまま、押し黙っている。


「やっぱりあれ? 家の都合とか、親の仕事の都合とか、そういう理由?」

「おい、陽太。話せない事情があるかもしれないんだし、そのぐらいで」

「そうだよなあ。お嬢様だもんなあ。秘密にしなきゃいけないことのひとつやふたつは」


 次の瞬間、陽太の眼球近くに猛烈な勢いで箸が差し向けられる。


 それ以上喋ったらこのまま突き刺す――そう言わんばかりに、箸を差し向けた星月さんは鋭い眼光で陽太を射抜くと、一拍置いてから、静かにその手を引き戻した。


「……失礼。小バエが飛んでおりましたもので」


 いくらなんでもムリがあるだろというセリフも、陽太には響いたみたいだ。


「マジで!? 箸で虫を捕まえられるとか、星月さん何者なの!?」

「護衛術と暗殺術を少々……」

「すげえ! 映画みたいじゃん! 他にどういったのができるんだ!?」


 陽太の興味はすでにそちらへと移り、転校の話題はすっかりと消え去ってしまったけれど。


 俺はこの後もずっと浮かない表情のかのんが、気になって仕方ないのだった。

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