11.勉強会(前編)

 その日は一時間目に古文、二時間目に数学、三時間目が英語と、睡魔を誘う授業のオンパレードで、俺は眠気と必死の格闘を繰り広げながら教科書と対峙していた。


 しかしながら、春のうららかな陽気の下では奮闘も虚しく。


 夢の世界行きへのカウントダウンが始まろうとしていた矢先、英語教師の一言が現実へ引き戻してくれた。


「――ああ、そうだ。来週、小テストやるからな」


 授業の終了間際に放たれた無情な宣告はさらに続き、睡魔とは異なる意味で俺をノックダウン寸前まで追い込んだ。


「少テストとはいえ、赤点だったら補習をやるからな。しっかり予習をしておくように」


***


 放課後。


 帰路に着くかのんは、スーパーでの買い物と同様、足取りも軽やかに鼻歌交じりで一歩前を進んでいる。


「ふんふーん♪ 蓮くんと勉強会〜♪」


 一方で俺はため息混じりにトボトボと歩いているワケだ。……まったく、小テストで補習とか冗談じゃない。横暴にもほどがある。


 ……まあ、不得手な教科だからこそ、文句のひとつもこぼしたい心境なだけで、これが世界史とかなら特に問題はなかったんだけどなあ。


 とにかく。


 補習で自由な時間を奪われてはたまらないと、昨日の今日で頼みにくかったものの、かのんに勉強会を開かないかと提案してみることに。


 なんでもA組も英語の小テストがあるらしい。二つ返事でオーケーをもらえたのは助かった。もっとも、かのんは小テスト対策に勉強の必要もないだろうけれど。


「なぁに言ってるの。蓮くんと一緒に過ごせるなら嬉しいに決まってるじゃないっ」


 くるりと振り返り、かのんはにぱーと無邪気な微笑みを見せた。心の底からそう思っているみたいなので、かえってこちらが照れてしまう。


 ニヤつきそうになる顔をぐっと堪らえ、俺は強引に話題を切り替えた。


「ところで、勉強会はどこでやろうか?」

「え? いつも通りウチでいいでしょ?」


 って言われてもなあ。星月さんもいない部屋に二人っきりというのはちょっと……。夕飯作りにくのとは違うしな。


 い、いや、何もするつもりはないけどさ! やっぱりこう、ちょっと気まずいといいますかね。


「お邪魔してばっかりでも悪いしさ。俺の家はどうだ?」


 胸の内は明かさずに、声に出してはこう言ってみたものの、言ってから気付いたね。俺の家にきたところで、二人っきりなのは変わりないじゃん。


 しまった。せめて図書館とかファーストフードとか、そういう場所を提案すればよかったと葛藤していると、かのんは青い瞳を瞬きさせた後、一瞬間を置いてから、ほのかに頬を上気させた。


「……うん。蓮くんがいいなら、連くんのお家行こっかな?」


 ……そんな具合で、いま現在、我が家のリビングダイニングには、制服姿のまま、かのんがやって来ているんだけど。


 部屋に入ってからずっと、ミルクティー色のロングヘアを揺らしながら、かのんは家のあちこちをキョロキョロ落ち着きなく見渡している。


「どうした?」

「う、ううん? なんでもないよっ?」

「それにしては挙動不審だけど」

「うっ? うん……。えーっと、実はね……」

「?」

「男の子の部屋って入ったことないから、ちょっと緊張してるっていうか……」


 もじもじとする仕草は可愛らしいけど、個人的には違和感を覚えてしまうというか。


 ソファとローテーブルが置かれているような、団らんの場所に通しただけなんだけどなあ。俺の私室へ通したワケじゃないから、そんなに緊張しなくても。


「い、いいじゃないっ。女子校だったし、こういう機会なかったんだもんっ」

「あ、女子校通ってたんだ?」

「中学の時はね? ……って、この話はいいじゃない。とにかく始めようよ!」


 ちょこんと腰を下ろしたかのんは、カバンの中から教科書と筆記用具を取り出して、ローテーブルの上に広げてみせた。


 随分と強引に話題を切り上げられたような気もするけれど。まあ、照れくさいのもあっただろうし、早く本題に入りたかったのかもしれない。


「ほらっ、蓮くんも準備して?」


 透き通るほどの青い瞳が催促しているのもあって、俺はそれを気にも留めず、対面するように腰を下ろしたのだった。

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