高橋の弁当

 クソ、腹が減った。今朝は朝練もあったし、成長期真っ只中だ。昼飯抜きはきついが、高橋の母親が作った弁当を食べる気にもならない。


 俺は高橋のリュックの中から財布を探した。黒いナイロン製の安っぽい折り財布がすぐに見付かる。


 他人の財布を触るのは良い気分ではないが、高橋にも俺の金を使えと言ったんだし、お互い様だ。金がないとは言っていたが、多少は入っているだろう。パンかオニギリ一個くらいは買えるか。


 ベリリッと、安っぽいマジックテープの音を響かせて財布を開けると、札入れは空っぽだ。

 

 ほんとに金ないのかよ。


 仕方なく小銭入れを開くと、五円玉が一枚だけ入っているのが見えた。


 おいおい、嘘だろ高橋……。所持金五円の高二なんているかよ……。


 仕方ない。本当に仕方なく、高橋のリュックから赤いバンダナに包まれた弁当を取り出した。


 弁当なんてダサいし、他人が作った弁当を食べるのも気が進まないが、今の俺はどうせ高橋だ。誰も気にしないだろう。とりあえず昼飯を食べないと身体が持たない。赤いバンダナの紐を解く。


 おいおい、勘弁してくれよ……


それは弁当箱というよりはただのタッパーだった。しかも八割が米だ。真っ白な米。上には梅干しも昆布も何も乗っていない。

 二割のおかずも、ピーマンか何かの炒め物が入っているだけだ。


 ハッキリ言って、食欲がそそる様な弁当ではない。

 いつもなら学食で唐揚げ定食とかカツ丼を食べているというのに、今日はピーマン弁当かよ……。


 仕方なく米を一口食べてみたが、それはなかなか美味い米だった。空腹を満たすには十分かもしれない、と思い、食べ進める。


 ピーマンの方は、食べてみると、細切りのじゃが芋と一緒に挽肉も炒め合わせてある様だ。


 ……おいおい、コレ美味いな。


 ピーマン炒めは驚くほど美味かった。野菜のシャキシャキ感と、甘辛い味付けで、白米も進む。


 高橋の母親は料理上手なんだな。俺の母さんは料理が下手だから、多少の羨ましさを感じる。


 気付けば夢中で食べ進め、十分程度で完食してしまった。


 空になったタッパーをバンダナで包み、リュックにしまうと、見計ったかの様に背後から声がした。


「弁当、どうだった?」


 俺が振り返ると、そこにはオドオドしながら立つ俺──いや、高橋が立っている。

 

「おい! あんまり話し掛けんなよ」


「あ、ごめん。ノートに情報まとめたから渡そうと思ってさ」


 高橋が右手に抱えていたノートを差し出してきた。ノートの表紙には〈物理 梶原大和〉と書いてある。


「ノート借りたよ、勝手にごめん」


「いちいちそんな事気にすんなよ。俺の物は勝手に使え」


 高橋の態度に苛々しながらも、俺はそれを受け取った。


「俺も後で書くわ。てか、お前昼飯食ったのか?」


「いや、食べてないよ。やっぱり人のお金は使えないよ。一食抜くくらいなら我慢出来るから大丈夫」


 高橋が薄らと笑った。

 俺はまたため息が出る。


「そんな事言ってる場合かよ。まぁ勝手にすりゃいいけど」


 高橋は困ったようにヘラヘラ笑っている。俺はこんな風に笑ったりしないから、そんな自分の顔を見なくてはいけないのがとてつもなく嫌だった。

 高橋に背を向けてから、「弁当ご馳走さん。美味かった」とだけ呟いた。


 高橋の表情は見えないが、「良かった」と聞こえてから、立ち去る音がした。


 俺は憂鬱な気持ちで、高橋から受け取ったノートを開いた。

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