交換・日記
サライ
俺は高橋、高橋は俺
漫画みたいな話だ。
ある日突然、自分が自分じゃなくなるなんて。
男と女だの親と子だのが入れ替わる漫画やドラマは腐る程見てきたが、同級生の男同士入れ替わるなんて、あまり聞いた事ない。
しかも、なぜコイツなんだ。なぜ俺がコイツなんだ。
クラスの高橋。下の名前は隆と言うらしいが、それはコイツと入れ替わってから、名札を見て初めて知った。タカハシタカシって、なんかふざけてる気がする。親はどんな気持ちで名付けたのか理解に苦しむが、そんな事はどうでもいい。
つい三十分前の事だ。俺はただ数学の授業を受けていただけだった。あまりに簡単すぎる内容に、少々あくびが出た瞬間だ。
突然目の前の景色が変わったんだ。
俺は背が高いから、窓際の一番後ろの席のはずなのに、突然目の前に教卓と、先生の姿が見えた。
すぐに後ろを振り返り、俺は俺の席を見た。するとおかしな事に、俺の席に俺が座っていた。
俺はここに居るはずなのに。
だとしたら一番後ろの席に座っている俺は誰だ。俺も驚いた様な顔をして俺を見ている。
訳が分からなくなってきた。
夢か。いや、朝練もあったし、疲れてるのか。
とりあえず落ち着くために、昼休みになりトイレへ行った。
蛇口を捻ると、冷たい水が手に当たる。
もう十二月だから当たり前なのだが、
その冷たい感覚が、今のこの状況が夢ではない事を語っていた。
そして顔を上げて鏡を見ると、そこには俺ではなく、クラスの高橋の顔がハッキリと映っていたんだ。
俺は自分で言うのもなんだが、背は高く、顔もそこそこ良い。運動神経も良くて、陸上部では部内一のスプリンターだ。それ以上に良いのが成績だ。学年でもトップクラスだ。アカネという可愛い彼女までいるし、友人も多いから、性格も悪くないと思う。
正直、自分の短所はどこかと聞かれるといつも困ってしまう程、目立った短所がない。強いて言うなら、短所がないのが短所だろうか。
そんな俺が、だ。
高橋になってしまった。突然に。
高橋隆の事はよく知らない。中学も違ったし、高校でも二年の現在になってクラスが同じになったが、多分まともに話した事もほとんどない。
大人しい奴で、確か帰宅部だ。背は低いし運動はあまり出来そうもない。何より成績が悪い。帰宅部で暇してる筈なのに、宿題を忘れてよく先生に叱られているような奴だ。
要するに、俺とは正反対な訳だ。
勘弁してくれ。
一刻も早く元の俺に戻りたい。まずは本当に高橋と入れ替わってしまったのか確認しなければ。もしかしたら俺の身体の中には高橋ではない別の奴が入っていて、さらに高橋の中身は別の誰かの身体に入っているかもしれない。
クラス中みんな中身と身体がバラバラかもしれないんだ。
教室に戻り、俺は俺の元へ行った。
「おい」
小声で俺は、俺の姿をした高橋かもしれない奴に話しかけた。
俺ではない高橋の低い声が自分の口から出て少々驚いたが、まあ、想定内だ。
俺の姿をした奴が顔を上げて、
「なんか訳わかんない事になったみたいだね」
と、呟いた。
「やっぱり、お前高橋だろ?」
俺が苛々しながら聞くと、俺、いや、高橋は静かに頷いた。
あぁ。やっぱり俺と高橋は入れ替わったんだ。
受け入れ難い事実だ。高橋はなぜこんなに落ち着いていられるんだ。
そりゃあ俺か高橋の人生どちらを選ぶかと聞かれたら、誰でも俺の人生を選ぶだろう。
さては高橋の奴、悪魔に魂売りやがったな。俺と入れ替わらせてくれ、って。
「高橋……お前さぁ」
その場で大声を出しそうになった所で、俺と高橋の周りに人が集まってきた。
「大和ぉ!」
俺の仲間達だ。翔に大輝、あとは雄介。
思わず、「おお!」と言って手を挙げてしまってから、仲間達の怪訝な表情に気が付いた。
「なんだ? 大和、珍しいな、高橋と一緒か?」
明らかに不審そうな目を仲間達が俺に向けた。
そうか、俺は高橋だった。みんな俺には話し掛けちゃいない。
俺はすぐに下を向いた。
「早く昼飯行こうぜ。学食混むぞ!」
雄介が俺の事など眼中にないように高橋を誘っている。俺はここにいるのに。
いつも昼飯は仲間達と学食へ行っていたが、今日は行けないな。
なんだかやるせなさと虚しさと悔しさが押し寄せる。
「僕は学食行かないよ、今日は用事がある」
高橋が迷惑そうな声で、仲間達の誘いを断っている。
俺は断った事ないぞ、やめてくれよ、みんなに変に思われるじゃないか。
「珍しいな、大和が学食行かないなんて」
そう仲間達は首を傾げながら学食へと向かっていく。後ろ姿が見えなくなったところで、
「おい、高橋。断るなよ。今お前は俺なんだぞ。俺らしく振る舞えよ」
と、高橋に苛々をぶつけたが、高橋は動じない。
「学食行く金なんてないから。いつも弁当持ってきてるし」
高橋はそう言いながら机の横に掛けてある通学用のリュックに手を掛けて、ハッとしたように俺を見た。
「あ。僕のリュックは?」
「お前のリュックは今の俺の席だよ! そのリュックは俺の!」
「そうかぁ。どうしよう、昼飯」
高橋が少し落ち込んだように手を引っ込めた。
コイツはこの状況で昼飯の心配なんかしている。
「学食行けよ! 高橋の弁当を俺の姿した奴が食ってたらおかしいだろ!」
なんとも苛々する。
「でも金ないから」
今度は金の心配か。
苛々が頂点に達した俺は、机に掛かるリュックを手に取ると、
「俺のリュックに財布入ってるから使えよ!」
と、乱雑に机の上に放り投げた。
「いや、人のお金は勝手に使えないよ」
高橋が目を丸くさせて、右手を顔の前で左右に振る仕草をした。
「とりあえず! この訳わかんねぇ状況は誰にも信じてもらえないだろうから! 元に戻るまでは、俺は高橋、高橋は俺。お互いそれらしく振る舞うぞ! 分かったか?」
「うん……。分かったよ。早く元に戻りたいよ」
高崎の奴、本当に戸惑っている。どうやら悪魔に魂売った訳ではなさそうだが、なんとも頼りない。
「じゃあ、後でお互い自分の情報ノートにまとめて交換な! 家族の事とか、家の場所とか書いとけよ!」
「え? 家? 今日は自分の家に帰れないの?」
「当たり前だろ! 高橋の家に俺の姿した奴が帰って来たら気持ち悪いだろ。どうせすぐに元に戻るだろうし、それまでの辛抱だ」
「分かったよ……」
あまり長く二人で話していたら周りに変に思われる。俺が高橋と仲良くしていると思われるのは心外だ。あとは高橋とは筆談でのやり取りに切り替えた方が得策だろう。
俺が高橋から離れようとした所で、高橋が俺の背に向かって言った。
「梶原くん! 僕のリュックに弁当入ってるから、良かったら食べてね。勿体ないから」
高橋らしくない大声だ。俺は仕方なく振り返ってから高橋に近付き、小声で言う。
「梶原って大声で呼ぶな。これからみんなの前では俺の事は高橋って呼べよ」
高橋は「あ、そうだったね」と呟いてからオドオドした様子で下を向いた。
ため息が出る。俺はあんなにオドオドしてない。自分の姿をした人間が、あんなに情けない様子をしているのを見るのはなんとも言えない辛さがある。
とりあえずは元に戻るまでの辛抱だ。どうやったら戻れるのかも考えなければならない。問題は山積みだ。
俺はまた深くため息をついて、一番前の高橋の席に戻るしかなかった。
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