欲しがりな彼女
『貝殻印 激落ちせっけん』
撥水加工された段ボールに、真珠色の文字がきらりと光る。さほど大きくない見た目とは裏腹にかなり重いそれの上に、両手を広げた程度の大きさしかない小さな箱を乗せる。持ち上げると同時に「よいしょ」と思わず声が漏れた。ワゴン車から降りて目の前に鎮座する正方形の建物の扉を足でくいと押した。ぎい、と小さな悲鳴と共にそれは容易く開く。
「いらっしゃいませー! あら、なっちゃん」
扉を最大まで開くと当たりそうなほど近くにあるカウンターの奥から、溌剌とした元気な声が迎えて夏希は「どうも」と小さく答えた。深海を思わせる青墨色の長い髪を長く伸ばし、カウンターを泳がせている二十歳前後の女が手を振る。
「ご実家からお届け物ですよ」
「ああ、助かったぁ! これがないと汚れが落ちないから、どうしようかと思った」
「仕事になりませんね」
抱えた二つの箱を置きながら、背後の竿にかけられた衣類を眺める。洗剤のないクリーニング屋など商売にならないだろう。
「あともうひとつ、これ」
「わ! これも待ってたの〜! 今流行のスニーカー、ネットで頼んじゃった」
「また買ったんですか、こんなに買ってどうするんですか。履けないのに」
覗き込みながら溜息をついた夏希の目の前で、びたん、と大きな音とともに尾鰭が床を叩いた。
「うるっさい」
「何足目ですか」
「だからさ〜、なっちゃんの足頂戴って言ってるんじゃん?」
「嫌ですよ、冗談じゃない」
髪色と同じ深い色の瞳に見つめられると動けなくなる。どうにか目を合わさないように流れる髪へと逸らしながらじりじりと後退りした。だからここに配達に来るのは嫌なのだ、と内心毒づく。
「お外暑いでしょ? コーヒーでも飲んでかない?」
「結構です、人魚が出すものは口にするなってばっちゃんが言ってた」
考えといてねえ、と背中にかけられた声は聞かなかったことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます