33.

 石畳みの路地を直進し、僕は大通りへと出た。広々としていて、黒いローブの人影一つ見当たらない。殺風景な場所である。東京の地名である【月島】と【勝どき】の間には、六車線もの広々とした道路が横断している。僕は現実世界でいうその辺りにいると思われた。


 目先には煉瓦でできた柵がある。僕はそこに腰を下ろすと、身に纏う外套のフード部分を掴んで持ち上げた。話によると、この外套にも例のコケが使われているらしい。優れた耐水性にも納得がいく。


 僕はサユリの帰りを待っていた。何故ならサユリが「買い忘れたものがある!」と言い、慌てて道を引き返したからである。全く忙しない少女だった。これまでの突飛な行動には度々驚かされたのだが、どうやらそれは僕を引き込む為の演出ではなく、彼女自身の性格なのだと僕は身をもって確信した。


 雨は一向に止む気配をみせない。遠方はまるでレースのカーテン越しに見える景色のように、白くぼんやりとしていた。目を凝らすと、どうやら大通りの先には一本の橋があるようだった。


 腰に携えたナイフに触れる。それは大きさに見合わず、ずっしりと重い。僕は目を背けた。違法な物を所持している気がして、どうにも落ち着かなかった。僕はため息をつくと、頭を上げて再び大通りの先にある橋を見た。すると、どうだろう。橋の上に何やら背丈の低い影が三つ"存在"しているではないか。


「え?」


 思わず声が出た。

 その影はゆっくりと前進して、やがて立ち止まると、突然急加速した。透明な粒子を切り裂き、見覚えのある毛並みが徐々にその姿を現していく。それは文字通り、この街に存在してはいけないものだった。


 その物体を見た瞬間、僕は氷漬けされたように動けなくなった。声が出ない。身体が言うことを聞かない。脳裏に悲劇が蘇る。少女の叫び声が反芻はんすうする。何故、あの怪物猛犬がこの場所に。一体何処から。

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