24.

 月島の街巡りは丸一日掛けて実行された。空は夕闇に包まれ、すっかり日が暮れてしまっている。まさかここまで本格的に街巡りをするとは。


「はぁ……。やっと……終わった」


「お疲れ様」


 疲労困憊な僕とは対照的に、サユリさんは肩一つ落とさずピンピンしていた。見かけによらず、というのは変わった趣味だけではないようだ。


「ねぇ、アノちゃん。良かったら今日、私の家に泊まっていかない?」


 何を言い出したかと思えば……って、え?


「だ・か・ら、今日わたしの家に泊まって行かないって聞いてるのー」


「あ……あわわ」


 彼女の突然の物言いに、僕は激しく動揺した。男女二人が、それに初対面の僕達が、一つ屋根の下で就寝を共にするなんて!


「返事まだかなー」


 サユリは催促の言葉を口にしながら、上目遣いで覗き込んでくる。


 その様子を見て、僕は首を横に振った。そして正気を保った。


 そうだ。彼女は僕を女性だと勘違いしているのだ。違いない。そう考えればこのお誘いもおかしな事ではない……?いやいや。同性だろうと初対面で一緒に泊まるのはいささか奇妙だ。

 唯一の解決法。それは正直に答えること。僕はちぐはぐな言葉を紡いだ。


「ぼ……僕はおと……」


「"男の子"だよね」


 彼女は平然と僕の性を当ててみせる。


「え……?ええ!?」


 僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「意地悪してごめんね。実は気付いてた。でも勘違いしないでね。女の子と言われた方が納得しちゃうくらい、君は可愛いよ。女性の私から見ても、見分けがつかないくらいにね」


 そう言われると正直、照れてしまう。しかし、いじられて四苦八苦しくはっくするよりは勘違いされていた方がある意味、献身的けんしんてきだったのかもしれない。


「言っちゃなんだけど、時折みせる寂しげな顔が男の子の"それ"だったのよ。……まるでどっかの誰かさんみたいに」


 サユリは恋すがるような面持ちで何処かを見て言った。


 どっかの誰かさん……?想い人でもいるのだろうか。


「さてと。私とて、無理に連れて行く気はないの。だから今日はこの辺でお開きにしましょう。じゃあまた、"あっちの世界"で!」


「う、うん。じゃあ……また」


 彼女は赤茶髪を翻すと、手を振ってこの場を後にした。


 ぶっきらぼうに見えて、実は計算高い。サユリさんはそんな人なのだろう。何故なら、時折見せる表情や含みが女の子の"それ"であったから。僕はサユリの背中に向かってそう心で呟くと、彼女とは反対側の帰路についた。

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