23.

 僕は不器用ながら初対面のサユリさんと談笑をした。話の内容はあの不思議な世界とは全く関係のないものだったが、それでも彼女の大まかな人物像を探るには十分なものだった。


 互いに残った飲料を飲み干す。僕は安堵のため息をついて、サユリさんは瞳を閉じながら伸びをした。そのまま瞼をぱちくり開けると、にこやかな笑みを浮かべて言った。


「そうだ!このままじっとお喋りするのもなんだし、気晴らしに街の散策でもしてみない?お姉さん、月島についてあんまり詳しくないから、道案内してくれると助かるんだけど」


「別にいいですけど……僕、道案内出来るほど月島に詳しくありませんよ」


「大丈夫。ただその辺の住宅街を見て回るだけだから♪」


「くまなく、ですか……」


「そうそう♪」


 全く不思議な人だ。サユリさんの目的は一体何なのだろう。僕はてっきり、あの世界の事について説明を受けるものだとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい。まずはスキンシップからという事だろうか。


 それからというものの、僕はサユリさんの要望通り、月島の住宅街や路地を歩いて回った。始めは冗談かと思っていたのだけど、どうやら本気らしい。建物を注意深く観察する姿といい、サユリさんは目の色を変えて集中していた。


「ほら、アノちゃん。こういう路地の隙間も見逃さないように。満遍まんべんなく街を見て歩きましょう」


 まさか、サユリさんが"街歩きマニア"だったなんて。人は見かけによらずという事か。


「う……うん」


 僕は昔から月島に住んでいるけれど、知らない路地や細道がいくつもあって驚かされた。この薄汚さが一部のマニアには受けるのだろう。


 目先には雑居ビルや古びた商店の通りが広がっている。その光景を見た瞬間、悲しみと冷たさが入り混じった奇妙な感覚が脳内を巡った。それは明らかな既視きしだった。


「……」


「ん……?どうかした?アノちゃん?」


 サユリさんは心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


「いや、なんでもないよ」


 僕はこの光景を知っていた。鮮明に思い出すことは出来ないけれど。

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