5.

 病棟の物陰から様子を伺う。


 外套がいとうを身にまとう名の知れぬ少年。腰に携えた筒から同じ濃緑の外套を取り出し、僕に着用するよううながしてきた。


「……これを着ろ。ヤツは嗅覚と聴力が優れているからな。コイツを着れば多少はやり過ごせるだろう」


 声変わりした落ち着きのある声音。癖毛の黒髪で身長は僕より高く、歳も離れていないように見える。何故か中世風の装備で全身を包み、顔面をフードで覆い隠していた。


「僕達……死ぬのかな」


 弱々しい小言が漏れる。状況を理解するよりも先に僕は生命の危機を感じていた。


「お前は死なせない。……静かにしろ──ヤツがきた」


 少年は一瞥いちべつしながら云う。

 急いで外套を身に纏うと、仄かな温もりを感じた。彼は優しい人なのだろう。


 狂乱する猛犬は床にキリキリとした不協和音を立てながら、逃走者を捜索する。数は一匹。


 息を殺す度、心臓を捕まれるような悪寒が全身を走った。腕には痛々しく強制的に外された管の痕があって──


「やっぱり病室に戻らないと──」


 背筋を震わせながら僕は自己的な状況判断をしてしまった。


「おい……馬鹿!」


「ギャァッガガァァァァァァァッ!」


 病室に戻ろうと壁際を離れた瞬間。猛り狂った雄叫びが脱兎だっとの如く、高速で接近してきた。


「──え……」


「クソッたれ……!」


 少年は勢いよく身を翻すと外套をなびかせ、ふところから武器のようなものを浮かび上がらせた。バシュッという鈍い音を響かせると──それは怪物に命中した。


「ギュルルルァァァァァァッ」


 悲痛な叫び声を上げると、猛犬の身体は四方に融解し、跡形もなく消えた。


「た……倒した…」


「……移動する……ここは危険だ」

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