6.

 蛍光灯に照らされた無機質な鉄の階段。頭上には非常口のランプが不気味に点滅している。


「ここまで来れば大丈夫だろう」


 安堵あんどしたのか、少年は壁際の床に腰を下ろす。僕もならい、二人分空けた彼の隣へと座る。


「あの……助けてくれて、ありがとう」


 濃緑のフードが僅かに揺れた。少年は「礼ならいい」と控えめに言った。


「あ……僕の名前はアノ。き……君の名前は」


「答えるような者じゃない」


 会話は続かず、ひと時の沈黙。


 僕は体育座りをしながら俯くと、冗談めかして呟いた。


「これ……夢だよね」


「夢じゃない」


 少年は芯の通った声で言い切る。無視されるものだと思っていたから、驚いて思わず顔を上げた。


「──受け入れがたい現実、そんなものはある日突然やってくるものだ。心構えなど出来ない」


 それは今日のような出来事を何度も繰り返しているような、そんな言いぐさだった。


「中世風の服装に武器。風貌からしてこの世の人間ではないと思うかもしれないが、それは違う。俺はおまえと同じごく普通の人間だ」


「僕と同じ……人間」


 僕はかみしめるように、少年の言葉を復唱した。


「異世界転生でもなければ何かの奇跡でもない。これは……不正薬物投与による【幻覚】だ」


「幻覚……じゃあ、もしかして……」


「そうだ。俺が身に纏う外套も、襲いかかる怪物も、全て思い込みに過ぎない……”ただの”幻覚だったらな」


 記憶が確かなら、この状態に陥ったのは集団予防接種を受けた後だ。注射器の中になにか【幻覚作用を及ぼす薬】が入っていたとすれば合点がてんがいく。ただ、それだけでは説明できないことが──


 考えを見透かすように、少年は言う。


「……何故、他人にも同じものが見えているのか、実際に襲われるのか、攻撃できるのか、と、思っているだろう。それは俺にも分からない。知りたければ事件を起こしたテロリストにでも聞いてくれ」


 声音からして、彼は本当にそれ以上のことを知らないようだ。だとしても、状況の理解が早すぎる。少年は一体何者なのだろうか。僕と同じ学校の生徒──?もしや犯行グループの──


 がらにもない事が脳裏に浮かぶ。助けてもらったというのに。なんて事を考えてるんだ、僕は。頭を横にぶんぶんと振ると、僕は正直な問いを投げかけた。


「……どこでそれだけの事を」


 少年はフード越しに顔を背けると、切なそうにして言った。


「俺も昔、同じ経験をしたからな……」

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