3.The first hallucination.

4.

 --------------------------------------------------------------------------------------------


「──」


 視界が酷くぼやけている。


 これは天井──だろうか。白くて何も見えない。まぶたは重く、自然に閉じられてしまう。


「──ッ」


 再び目を見開くと、確かに白い天井があった。そして絆創膏ばんそうこうのような臭いが鼻をつく。


 気を失って保健室にでも運ばれたのだろうと思った。


 でも違った。


 重々しい身体を無理やり起き上がらせると、腕に違和感を覚えた。瞬間、全身をチクリとした疼痛とうつうが襲う。見やれば医療用の管が数本繋がれていた。


 嘘──でしょ──


 腹の中にヒヤリと冷たいものが走る。


「──キャァァァッ!」


 突然、鼓膜を刺すような少女の金切り声が聞こえてきた。瞬きする間もなく声の主へ顔を向けると、何故か少女は”怪物”に襲われていた。


 即座に周囲を見やると、同じような状況の少年少女らがベッドに横たわり、うめき声や奇声を上げていた。


 何だよこれ、一体なにが──


 病室の床には無数の硝子片が散らばっている。窓には大きな穴が空いていて、恐らくこの闖入者ちんにゅうしゃはここを突き破って来たのだろう。でもどうやって──?一体何処から──?


「──グルルルルル……」


 猛犬は少女が横たわるベッドによじ登ると、貪欲どんよくな呻き声を上げた。暴風に吹かれたような毛並みをふるい起たせ、今にも喰らいつこうとしている。


 少女の傍らには老医者がいて、焦りを滲ませていた。容態ばかりを気にかけていて、何故だか怪物には全く気付いていないようだった。


 ──何やってるんだ──早く逃げろ!


 心中の叫びも虚しく、猛犬は無慈悲にも少女を喰らった。血は飛び散らず、ただ少女は魂が抜けたように動かなくなってしまった。怪物は血走った眼光をこちらへ向け、鋭利な牙を剥き出しにする。


「──ぅ」


 身体に力が入らず、声らしい声も出ない。


 このまま僕は無惨にも死ぬのだろうか。


 これは夢だと自身に言い聞かせようとした、その時だった。


「──逃げろ!」


 少年の声がした瞬間、どこからともなく勢いよく手を引かれ、僕はベッドから転げ落ちた。


「ぐぁッ」


「早く立つんだ!死ぬぞ!」


 僕の手首を握りしめる危機とした声。床に膝をついた僕は足腰を決死の想いで踏み込み、何とか起き上がった。


 手を引かれるがまま、勢いよく病室を抜け出す。背後から猛り狂った怪物が勢いよく追いかけてくる。


「……君はだれ……一体、何が起きて」


 足元をふらつかせ、麻痺した口元を必死に動かした。


「そんなことは後だ……とにかく今は生き延びることだけを考えろ……!」


 少年の端正な横顔が振り向く。彼はいつの間にか【洋風の外套がいとう】を身にまとっていた。


 訳もわからぬまま、僕達は先の見えない廊下を一心不乱に走り続けた。


 --------------------------------------------------------------------------------------------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る