第7話 ベートーベン
「先生、おはようございます」
毎朝明るい声がこの屋敷に響くようになった。私はあの男の子と一緒に暮らしていた。それは彼の父が精神的にも肉体的にも子供を育てられる状態ではなかったことと、私自身の孤独と屋敷の人手不足解消のため、そしてもちろん、善悪花のためでもあった。独身男の子育てとは、まるでベートーベンのようだと思いながら、難聴になっていた彼に比べれば、自分は数倍楽であろうと思った。また、短期間、短時間ではあるが「先生」をやっていた経験が、このことを可能にしてくれていた。
「おはよう、今日はどれくらい水が欲しいかな? 」
彼が善悪花に話しかけながら水やりをするようになると、色々な場所の花は茎も太く、葉も立派になっていった。彼にとっても、私にとっても、とてもうれしいことであったし、幼い彼にとって、花の色は日々変化しているようだった。
なので、文章にするよりも、私は彼にパステルで毎日善悪花の「絵日記」を描いてもらっていたが、彼が私の本を読むうち「植物画」を描いてみたいと言うようになった。私は、絵は苦手なので、専門家である必要はないが、誰かその指導ができる人をと叔父に頼んでいた。
一方、私の庭には、地元の警官がちょくちょくやって来るようになった。
「自分のやったことを正直に言ってみろ! そうすればこの花の色は答えてくれるから」
警官に善悪花の事を話すと、もちろん最初は信じはしなかった。しかし「試しに」と一人の犯罪者を連れてきて、自白させることができたので、彼らの方が今では「上手に善悪花を使う」ことができるようになっていた。
そして何より未成年の犯罪者に対しては、この子がとても素晴らしいお手本になっった。子供ゆえにすぐに改心して、その後は犯罪に手を染めなくなるのだという。
「善悪花のお陰と言うか、君のお陰かもしれない」
「違います、先生のです」
元々利発な所があったのかわからないが、学校もろくに行けていなかったこの子が、ほんの数か月で、生き生きとした、寄宿舎学校でも人気者になりそうな雰囲気にまでなった。
そうしてある日の事、その子が女性を連れてきた。
「先生、絵の先生です」
その時の彼女が、複雑な表情で私に微笑んだのは、善悪花の事を先に教えられたからなのかもしれなかった。
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