第6話 飲み物
「これはココアだ、飲めるかな? 」
「ココア? 」
「チョコラータよりも飲みやすいよ」
子供には紅茶よりも良いだろうと、私は彼の前にコップを置いた。また以前この屋敷で働いていたコックが、店を開いたというので、持ってきてくれたケーキも出した。
「大人の方は紅茶で」
「あ・・・どうもご丁寧に」
盗みを働いた子供に接待はおかしいだろう、という警官の声だったが、私はかまわなかった。
「ココアは熱いから気を付けて飲んで」
子供は小さくコクリと頷き、お腹もすいているのだろう、ケーキの方を食べ始めた。
「使用人にも辞めてもらって、独り身なので寂しいんですよ」
と私は本当のことを言った。少年はちらちらと私の方を見ながら食べていたが、
「ケーキは美味しいかい? 」
「うん・・・・・ごめんなさい・・・・・」
「二度とやってはいけない、それが大切なんだよ」
「はい・・・・・」
泣き始めてしまったので、私はその小さな背中をさすってあげた。
警官は私の方を見て、優しいため息をついた。
戦争が長引き、貧困者が増えている。大都市などではスリの集団までできているという。
涙が乾いた後、男の子がどうも手洗いに行きたいようだったので、場所を教えて席を外した時だった。
「父親が酒におぼれてしまって、母親はどうも別の男の所に行ったようでして」
「何てことだ、悲しすぎる」
あの町の事が本当に懐かしく、この世の楽園であると思えた。戦時下で町長に手紙を書いたら、半年後返事が届いた。戦火はあの町に来てはいないということを、私は心から神に感謝した。
すると男の子が部屋のドアを開け戻って来たが、入り口付近で立ち止まり、一点を凝視している。そしてその顔は、本当にやわらかく、優しく、穏やかだった。私と警官はその顔に驚いたが、
「あ! 」と私は声を上げた。そうだ、この部屋の出窓に、咲いている善悪花の鉢を一つ置いていたのだ。
ゆっくりと、ゆっくりとその子は善悪花の方に近寄り、ためらうようにほんの少し花びらに触れた。
楽しそうで、クリスマスのプレゼントをもらったようなその笑顔に、私はうれしさを覚えたが、「そんなに花の好きな子なのか」と警官はすこし不思議そうだった。
「この花は、君には何色に見えるかい? 」
私には、善悪花の色は、最初に見た時から変わることがなかった。
「何色? えーっと薄いオレンジ色、あったかそうで、ちょっとおいしそうな色」
「そう、きれいな色? 」
「うん! とってもきれい! 」
「そうか、これは善悪花と言ってね、悪いことをした人、している人には醜く見えて、良いことをした人、しようとしている人には美しく見えるんだよ。君はこれから「盗みをしない」ときっと強く誓ったんだね」
「はい・・・」
「そう、それは素晴らしいことだね。君は凄く偉い子だと思うよ。私が小さかった頃より、何倍も良い子だ」
少年は澄み切った目になっていた。だがその時、私は庭の花壇に目が行った。そこにも善悪花が咲いているのだ。
「あそこにも同じものが咲いているんだ、君にはどう見える? 」
「あ! 本当だ! でも・・・ちょっと色が違うように見える」
「どう違う? 」
「ちょっと元気がないような色に」
「そう、そう思うかい? 私もそう思っていたんだよ。すいません、この子をちょっとお借りしても良いですか? 」
「いいですが・・・その花の色の事を言っていらっしゃいますが、私にはオレンジ色には見えないんですが、それは白い花でしょ? 」
「それはまた改めて説明しましょう。すいませんがこの子にはちょっと手伝ってほしいのです」
「そうですか、それでは・・・」
警官は家を後にした。
「本当に他の人には色が違って見えるの? 」
「ああ、そうなんだよ。実は私の見えている色では、この花が元気かどうかと言う点が判別しづらいようなんだよ、色々な部屋に善悪花を置いてあるんだ。詳しく君が見える色を教えて欲しい」
「はい」
二人で楽しく観察をすることになった。
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