第5話   少年

 


 イギリスに帰ってからの私は博物館勤務となり、親は一安心したのか、帰国して数年の間に二人ともこの世を去ってしまった。また私の兄は半ば貴族の家を守るために軍人になったので、戦地に司令官として赴き、そこで多くの兵士とともに戦死してしまった。

 私には城と爵位が残されたが、そう大きくはない屋敷でも守っていくにはお金がかかり、私の給料だけでは賄えるはずはなかった。残された遺産を切り売りし、広すぎる家で私は研究を続けた。


 こちらに帰ってきて一番うれしかったことは「善悪花」を植えることのできる十分な花壇があるということだった。実はこの善悪花の事は戦争中でもあり、誰にも言うことなく、その当時の自宅の植木鉢でこっそりと育てていた。一年草なので、種を採らなければ、来年咲くことは難しい。もちろん種は一年以上のそのままの状態であるが、発芽率が極端に下がってしまうのだ。

だからここに帰ってきて

「やっと広い所に君たちを植えることができたよ、よく我慢してくれたね」と、もうイギリス生まれの種たちに話しかけ、育てることにした。しかしもちろん室内用に植木鉢で育てているものもあった。何故ならイギリスの気候は善悪花にとってはやはり厳しいもののようで、育てているうち半分は枯れてしまうのだ。善悪花のために私は植物の本を読み漁ることになったが、やはりそこまで興味がないのか、このことに関して人にさらに聞いたりすることはしなかった。それは善悪花の存在のためでもあった。


 それから一か月程たったある日、警官が私の家に尋ねてきた。一人の、十歳くらいの男の子を連れて。


「あの、この子がここに盗みに入ったんだそうです。本を盗られていませんか? この子が古本屋に売ろうとして、店主がおかしいことに気が付いたんだそうです。専門書すぎるということで」


 整然と話す少しくたびれた制服の男の横には、きゅっと口を結び、薄汚れた感じの子供が立っていた。私に謝るつもりなどは微塵もなさそうで、

「こうしていかなければ、生きていけないからだ」

という、強固な意志を持っているようだった。


「確かに私の本ですね、何処においたかと思っていたんです」

「お屋敷の他の物は無くなっていませんか? いくら聞いても「この本しか盗っていない」と本人は言うんです」

「貧乏貴族ですから、高価な物はもう売り払ってしまいましたよ。

建物ばっかりが立派で、がっかりしただろう? 君? 」


その言葉に子供はとても驚いたようだった。

怒られることが日常で、優しい言葉をあまり聞いたことのない子なのだろうと、その時に思った。










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