第2話 終の棲家
「できればここで私は一生を終えたいと思っているんだ」
「そんな、イギリスとは天地ほどの差があるでしょうに」
「いやいや、何せ人が良い。ロンドンの犯罪数など、言っては恥ずかしい話だ」
「ではここで結婚のお相手も探すおつもりですか? 」
「ハハハ、そうだね、それも良いかも」
土で作ったレンガの小さな家で、私は通訳と一緒に話していた。
アフリカ奥地のこの町に来て、もう半年になろうとしていた。元々は民俗学の研究のため、ここからさらに奥の集落に通い、物々交換をしながら「私の宝物」を手に入れていた。つまりベースキャンプ地だ。町なので住民はもう私達と似たような服を着ている人間が多い。なので、伝統文化という観点からすれば、残念ながら研究材料は急速に失われてしまっていた。
しかしながら私はこの町が「本当に平和な事」に徐々に気が付いた。まず、窃盗などの「軽犯罪」がない。そして殺人事件など、もう百年以上前の事だという。
世界には私のように好きが高じて、仕事でもない研究を現地に行ってやっている人間は多くいるが、その誰もが口々に「信用する人間を見極め、危険な所には絶対に足を踏み入れないこと」と言っている。私もその一人であり、特にこのことに関しては研究そのものよりも「第一人者」とまで言われるようになっていた。
その私が、ここでは何の不安もなく、まるで町全体が家のような心持で日々生活できている。一か月程家を空けても、何が無くなることもない。鍵などあってないような家なのにだ。
まだ三十数年しか生きてはいないが、これほど居心地の良い所は初めてだった。
私は田舎貴族の子孫で、確かに色々な面で恵まれていた。長男でないため、家を継ぐ必要はなく、大学まで進んだ。将来はどうしようかと悩んだ時期もあったが、今はこの、私たちとは別の文化を持つ人たちの所に行き、その生活を肌で感じ、手に入れたものを色々な国の博物館などに「売る」のが仕事になった。両親から最初は眉をひそめられたが、現在は汽車のように軌道に乗っているので、時折無事であるかという手紙が届くようになった。
「あの、町長から実はお願いがあるそうで」
「ああ、聞いているよ、英語の授業を子供にしてほしいと言うんだろう? 私は最初は断ったんだよ「言語の消滅は、民族の消滅になる」とね。でも自分たちの言葉もしっかり残していくという姿勢だから、引き受けることにするよ。ねえ、本当にこの町の人はどうしてこんなに素晴らしい人たちばかりなんだい? 」
「それがわからないんですよね、私は遠く離れた所の出身ですが、ここは本当に昔から良い所と評判なんです。外国文化が入ってきて「あそこも変わるだろう」とみんな思っていたけれど、それでも全く変化なしです」
「特にシャーマンが優れているとか? 」
「そう言う話は聞きませんね、ただ・・・」
「ただ? 」
「とても特殊なものが存在するという噂はあります」
「まあ、それは外国人の私が踏み入れて良いことではないだろう」
「ああ、あなたはやはり優れた方だ。他の人間なら「金を出してでも聞き出して欲しい」と言うのに」
「そうかな、若いのに偏屈と言われるよ」
「そうでなければ出来ないこともあるでしょうから」
「ハハハ、ありがとう」
自分でもこれほど朗らかに話ができるものなのだと驚いた。
楽しく時は過ぎていった。そう、戦争が激化するまでは。
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