第7話発症

商店街に着くと、雰囲気はほとんど昨日と同じだった。

いや、昨日よりは風邪気味の人が多いかな?

所々でごほごほという音が聞こえた。

でも今年は夏風邪が流行ってて…


夏風邪?


ローカルテレビでやっていた、今年は夏風邪が流行っていますねというニュース。


工場から流れ出てしまった、初期症状が風邪に似ているらしいウィルス。


たまたまだろう?

だって、ウィルスが流れたのは昨日のことなんだから。

たまたま夏風邪がこのタイミングで流行っただけだって。


嫌な予感に胸がどくどくした。

まさか、な。


商店街の入り口で立ち止まっていると、おーい、と声をかけられた。昨日工場へ一緒に行った三人だった。


「どうしたんだよ、んなとこで止まって」

「あー、なんでもない」

「ごほ、おまえ元気そうでよかったわー。俺ら、あの後風邪気味になっちまってさ」


三人とも咳をしていた。

それが気になった。

周りから聞こえる「ごほ」という咳の音に、何かが混じっている気がした。


「来週さ、俺元の所に帰ることになったんだ」

父さんとウィルスのことは伏せて話をする。

不安にさせたくなかったから。

「そっか。淋しくなるよな…ごほ」

「お前ら咳出てるなら、家で休んでろよ」

「いやいや、今日な、隣町からテレビ来るんだって。映らなきゃ損でしょ」

笑いながら言ってた。

笑ってたんだ。


そのときは。


昼近くになって、町の中心にある公園へ行くことになった。

最後だからって、一緒にテレビに映ろうってことになったんだ。

それがあんなことになるなんて、誰も思っていなかった。


咳が酷くなってきたそいつらに、俺は強制的にマスクを着けさせた。

効果があるのかわからないけど。


父さんの遺したノートには、ウィルスへの対策が書かれていた。

水を媒介にするが、加熱によって死滅すること。これが主な対策だった。

だから今朝、母さんが大量の水を沸騰させていたんだ。

そう。水が、水を、水で。ウィルスが感染する。


感染した後は?


咳が出る。熱も出るかもしれない。

そんな風邪の様な症状が出た人は、その後どうなるんだ?


エボラ出血熱では名前の通り高熱が出て、ウィルスによって内臓とかがダメにされて、内出血も起こる。だから、吐血や出血・下血が起こる場合もあるわけだ。


じゃあ、昨夜咳をしていた父さんも辿ったであろう末期症状はどんなものなんだ?


公園へ着くと、三人はベンチへ怠そうに腰かけた。

大丈夫かと聞くと、咳混じりに平気平気と答えた。

ごほごほと周りから聞こえる咳の音はやけに大きく聞こえていた。

どれくらいの人が夏風邪なんだ?


そもそもこれは「ただの」夏風邪なのか?


嫌な予感がひたひたとすぐ近くまで来ていた。当たって欲しくない、まさかという可能性。


汗がぽたぽた垂れる。

「俺、あっちにある自動販売機でなんか飲み物買ってくる」

そう言って、その場を離れた。

テレビに間に合うかわからないぞ、と言われたがそんなの俺にはどうでもよかった。


自動販売機の飲み物ボタンを押して、残してきたあいつらの方をちらりと見る。


テレビのクルーが到着したようだった。


まもなくテレビの中継が始まり、マイクを持った女性レポーターがインタビューを開始した。

この町についての簡単な概要から始まり、それでは住人の方にお話を伺って見ましょうと続ける。

テーマは、今年の夏についてだった。


カメラが回り始め、やがてマスクをした三人の少年たちにもマイクが向けられた。


「今年の夏も終わりですが、どうでしたか?」

「すごく楽しかったですよ!」

「新しい友だちもできてな!」

「うんうん」

俺のことだ。

「すっごくいいやつなんすよ!」

お前らもすっごくいいやつらだよ。余所者の俺のこと受け入れてくれて、一緒に遊んで。

「今日も一緒だったんすよ。さっき飲み物買いに行っちゃったけど」

「ほら、今日も暑いし」


彼らの顔を見ると、少し青白かった。


暑い?お前ら、汗全然かいてないじゃないか。顔、青白いぞ?

帰って薬飲んで休んでいろよ。

俺は買ったスポーツドリンクを飲み干しながら、そのインタビューを見ていた。


「体調悪そうですが、大丈夫です?」

「ごほ。大丈夫、大丈夫」

「最近夏風邪が流行ってて、俺らも昨日からそうなんすよ。ごほ」

咳が更に酷くなってきた三人に対して、女性レポーターは失礼だと思ったのかインタビューを切り上げようとした。



そのとき







「ごほごほっ、ごぼっ!」


一人がマスクを真っ赤に染めて血を吐き出した。


昨日の会話が頭によみがえる。

『喉が乾いたなー』

『お前ら平気そうじゃん』

『だって、お前が出てくる前に工場の外にあった水道で飲みまくったし』


工場の外。水道。飲んだ。


ああ、こいつら、ウィルスに汚染された水を飲んでしまっていたんだ


辺りに女性の甲高い悲鳴が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る