第8話伝染
地面にぼたぼたと赤い液が降り落ちていく。
血を吐き出したやつは、声も出さずに次々と口から血だけを流し続けた。
周りはどうすることもできずに見ていることしかできない。
もちろん、俺も。
しばらくして。
本当に少しの時間だった。
あいつの体は地面に崩れ落ちた。
もう、動かなかった。
その後は、はっきりとは覚えていない。
俺はショックでその場を動けなかったんだと思う。
でも、この時テレビのカメラが回っていたんだ。
生中継だったんだよ。
子供が口から血を吐き出して、倒れて、動かなくなるところが放送されてしまったんだ。
ドッキリかと思ってテレビを見ていた人も多いと思う。
でも、続けて一人、もう一人と血を吐き出して同じように地面に転がった。ついさっきまで笑ってマイクを向けられていた子供たちだ。
レポーターは悲鳴をあげて混乱し、カメラマンはカメラを置いて子供の体を揺さぶっていた。
揺さぶって、
自分が何を言ったのか覚えていない。本当だよ。後日、そのときの放送を録画された物を見せてもらって初めて知ったんだ。
触るな
感染する
ウィルスが
水を飲むな
工場から汚染された水が
それと。
風邪じゃない
ウィルスの初期症状だ
そう。俺たちが風邪だと思い込んでいたのは、
あのウィルスの初期症状だったんだ。
町は既に感染者で溢れかえっていたんだよ。
俺は近くにいた大人に家に帰るよう言われた。
まっすぐ家に帰りなさい、と。
俺はその人を知っていた。その人は町にある小学校の先生だった。先週三人と学校に忍び込んで怒られた。
その人も、咳をしていた。
俺は走った。
走って走って走って走って、
家に駆け込んだ。
玄関の扉を閉めて、そのまま座り込んだ。
ガタガタ震えながら、耳を塞いだ。
途中で聞こえた気がした知っている「音」たち。
ごほごほ、咳をする音
ごぼ、何かを吐き出す音
泣き声、悲鳴
ぼたぼた、液が落ちる音
そして
どさ、重いものが崩れ落ちる音。
全部知っている。
知っているんだ。さっきまで、昨日まで一緒にいて笑いあって話をして。
動いてて。
あたたかくて。
生きていた、俺の大事な「日常」たち。
どうして、どうしてこんなことに
町では赤く染まった「人だったもの」の数が増え続けていた。
まるでドミノ倒しみたいに、たかが咳をする程度の症状だったはずなのに一気に吐血するほどの、死に至るほどの症状へと感染したウィルスは伝染していったんだ。
気づくと、外は薄暗くなっていた。
家の中はやけに静かだった。
母さんがいるはずなのに?
ふらふらしながら靴を脱ぎ、いるはずの母さんを探す。
「母さん?」
何度も呼んだけど、返事がない。
電気をつけて家中を探す。
残りは父さんの部屋だけになった。
アパートがなくて、一軒家を借りる羽目になったと苦笑いを浮かべて言っていた父さん。普段はその部屋と台所とかの水回りしか使っていなかったみたいだ。
「母さん?いるの?」
ゆっくりと戸を開く。
そこに、母さんはいた。
母さん「だった」ものが「あった」。
赤く染まり冷たくなった体が机の前にあった。
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