第5話負の可能性≒エボラ出血熱

俺はノートを閉じてしばらくうつむいていた。

こんなことしてる場合じゃない。

本当にこのノートの通りなら、これからどうなるかわからないじゃないか。


ノートに書かれた最後のページには、昨日父さんが母さんに伝えたであろう内容がしっかりと記されている。


特に注意すべきことは水。


俺の出した答えはこうだ。


△△企業があるウィルス(病原菌?)を持っていた。あるいは作っていた。

それが昨日工場の水に溶けてしまった。多分、あの割れていたガラスの器に入っていたんだろう。

ウィルスが溶かされた水は工場内をめぐり、水道管や水路を通じてこの町に送られる。

父さんによると、そのウィルスは液体を介して感染するらしい。水に溶けたウィルスは、その水を飲むことはもちろん触れるだけでも感染させるだろうということだ。


だから、昨日工場で父さんは「こっちに来るな」と言ったんだ。あの時俺が立っていたのは父さんの立っていた所よりも上流だった。

俺と父さんの間には割れたあのガラスがあった。あの時父さんが水に触れていたのだとすれば、きっとウィルスに感染してしまっていたのだろう。


感染した人の初期症状は風邪に似ているらしい。咳が出るのだという。あと、微熱も。


電話がかかってきた夜、父さんは咳をしていた。


その後、急に吐血するらしい。


そして、その出血の量が多すぎて死に至る。


俺はこの町に来る前に読んだ小説を思い出した。

あるウィルスが街に撒かれて、人々が発症して次々と死んでいく。パンデミック・ホラーとかいう内容だったっけ?

あの病気の症状も風邪に似ていた気がする。

確かその病気はちょっと変わっていたんだっけ?


俺は母さんに一言言って外へ出掛けた。


昨日風邪気味で休んでいたはずのあの子の家へ駆け込み、緊急だと事情を話した。俺の父さんがあの工場で働いていることを知っていたあの子の両親は、町の状態を教えてくれた。幸いにも、あの子の父親は医者ではないけど大学で医学を専攻していたらしい。

その人は××という病気ではないかと聞いてきたけど、俺は違うと言った。その病気は父さんのノートにも書かれていたけど、大きく×印がついていたんだ。多分、すごく似ているんだろう。


俺は、まだ一度もこの町に潜むウィルスが引き起こす症状を目の前で見たことはなかった。

だから、強気でいられたんだ。


その人は、一度だけその似ている病気の患者を見たことがあるらしい。

だからこそ、町に同じような症状が溢れるのを酷く心配しているんだ。

他にも似た病気はあるが、私はあんな症状を二度と見たくない。その人は言った。


俺の想像の中では、テレビや映画の中で起こっているシーンをイメージしていた。


俺は父さんから貰った情報をその人に伝えて、母さんから頼まれていた買い物をしに商店街の方へ向かった。何か異変があれば、すぐに引き返してくるよう念を押された。

朝の時点で既に町全体には警報が出ていたらしい。それでも、その人は町長さんを経由して他の町の人たちに連絡してくれるそうだ。心強かった。


その家を出るとき、あの子がパジャマを着たままおにいちゃん、と寄ってきた。

風邪は大丈夫かと聞くと笑って、うん。もう平気。と言った。またあとで来るから宿題でもしてろよ、と俺は言って頭を撫でた。

熱は、ないみたいだった。


商店街への道を歩きながら、俺はウィルスについて、その病気について考えた。

あの子の父親も言っていたけど、小説にも載っていた恐ろしい病気。

名前は、『エボラ出血熱』。




エボラ出血熱。

致死率が50~90%の急性ウィルス感染症。

ワクチンはまだ、見つかっていない。


潜伏期間は2日~3週間。その間は感染力がない。

エボラウィルスを病原体とする、ウィルス性出血熱のひとつだ。


驚異の感染力を持つが、この感染力は発病してから発現する。つまり、潜伏期間中には感染力がないということになる。ないはずなんだ。発病してからの感染力はエボラウィルスの持つ特徴からのものらしい。確か、ほとんどの体内の免疫を突破するとか。

そのため、感染してからの致死率が異常に高いんだとか。集団発生の場合は致死率が90%に達する場合もあるらしい。


血液や体液を介して感染する。ただし、空気感染はしない。

つまり、感染し発病をした末に死亡した人の死体には触れてはいけないということだ。実際に過去の発病事例では死体に触れた人、医師や看護師が特に多いだろう、の発病も多いそうだ。


初期症状は風邪に似ている。発病時には突発的な高熱が出る。

症状自体には特徴的なものはないため、他の病気と区別するのが難しい。

ウィルスを顕微鏡で見てみないかぎり断言できないのは辛い。しかし、結局のところ同じように判断が難しいウィルス性の病気でエボラ出血熱のように危険なものはいくつもあるわけで、可能性があるとわかった時点で警戒しないといけないのだ。


自然界のウィルスのキャリア、持っているけど発病はしていないようなやつ、はコウモリが有力とされている。

ゴリラやチンパンジーがこのウィルスによって大量に死亡した事例もあるらしいが、あくまでこれは被害を受けてそうなったものだ。

大元の元凶というわけではない。

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