第240話 後押し
クジャの暴言と、ハヤブサさんの無言の圧により本当に帰ることになったニコライさんを見送りに外へと向かった。実は正面の入り口から外へ出たのは初めてである。
「お久しぶりです。バも久しぶり!」
入り口前の広場にはニコライさんたちを乗せて来た馬車が止まっており、休んでいた御者の皆さんに挨拶をすると、もんぺ姿の私に一瞬気付かなかったようだが、バはすぐに気付いてくれたようだ。
「……ブルルルル」
おとなしく休んでいたバたちが私の周りに集まり、相変わらずバに好かれていると皆から言われた。
「……バが羨ましい……」
バを撫で回しているとそんなニコライさんの呟きが聞こえたが、その場の全員が無視をした。
「……では今日は帰りますが、すぐに戻って参りますからね」
「あ! ニコライさんちょっと待ってちょうだい。黒板とチョークンはあるかしら?」
馬車に乗り込もうとしたニコライさんを慌てて止める。するとニコライさんは、馬車の中から黒板とチョークンを取り出してくれた。
「ええとね、これは陶器でこういう形で寸法はこうで……。あとステンレスでこういうものを作って……。技術的に可能なら、ステンレスをこういう風に加工出来れば……」
図を書きながらニコライさんに説明をしていると、それを覗き込んだクジャは「意味が分からん……」と呟いている。ニコライさんは図は理解したようだが、用途については分かっていないようである。
「ふむふむ……これは面白い……職人に作らせてみましょう……」
珍しく真面目な表情をしたニコライさんはずっとブツブツと呟いている。これが作られ、それを理解する人がいるなら、これをこぞって購入することだろう。
「……では本当に帰ります。クジャク嬢! カレン嬢! 寂しがらないでくださいね!」
馬車から顔を覗かせたニコライさんがそう叫ぶと、クジャは「やかましいわ!」と怒鳴っていた。そのやり取りにお父様はずっと笑っている。
今回使わなかった薬は、ハーザルの街で売ってから帰るとニコライさんは言っていた。せっかく用意してくれた薬が無駄にならずホッとする。話せば話すほどニコライさんは残念な人ではあるが、彼は彼なりに真面目に仕事をしているのである。人柄も良いし才能もある。ただただ発言が残念なだけなのだ。
「カレン、少し良いか?」
さぁ中へ戻ろう。そんな空気の中、クジャがもじもじとしながら話しかけて来た。
「どうしたの? 今日はもうおやつはダメよ?」
「おやつではない! 小腹が空いたが……」
先程あれだけおやつを食べていたのに、もう小腹が空いていると言うクジャに呆気にとられる。私たちのやり取りを、お父様とハヤブサさんは笑って見ている。
「母上にトビ爺のことを伝えたいのじゃ。一人だとやはりまだ勇気が出なくてだな……」
クジャたち母娘の関係は、お互いに何も悪くないのにギクシャクしてしまっている。その関係を修繕しようとクジャも必死なのを知っている。そしてハヤブサさんも、そのことに対して心を痛めているのも知っている。
親友のお願いならば、私はいくらでも手を貸そう。私はこの国に悪いものを直しに来たのだ。病気だけではなく、この際母娘関係も直してしまおう。
「えぇ、分かったわ。早くお伝えしましょう」
そう言いながらクジャの手を取ると、お父様とハヤブサさんは笑顔で頷いている。そしてじいやは感動したのか私たちを見て涙ぐんでいる。
その時たまたま近くを通ったレオナルドさんが「鬼の目にも涙……」と、心の声を口に出してしまい、じいやとレオナルドさんは本気の鬼ごっこを始めてしまったが、もはや見慣れた光景であるので私たちは気にせず城へと入る。
────
「母上……」
クジャが声をかけると、クジャのお母様ことオオルリさんが静かに目を開いた。
「何か……あった……?」
クジャのお母様もお祖母様もかなり回復はしているが、完治まではもう少しかかりそうだ。寝たきりの時間が長かったせいかかなり体力が落ちており、動いたり話すことは出来るようになったが、静かに、ゆっくりとである。
「今日、トビ爺に会ったのじゃ」
クジャは厨房でトビ爺に会ったとオオルリさんに伝えた。もちろんおやつを作って食べたなどと余計なことは言わない。
「……懐かしい……」
「母上……。もう誰にも何も言われることはないのじゃ。早う良くなって、わらわと一緒にトビ爺に会いに行かぬか……?」
実の母に遠慮気味に話すクジャに、心の中で『頑張れ』と応援する。オオルリさんの体を起こし座らせると、オオルリさんもまた悩んでいるのが垣間見えた。
「私も……一緒にお出かけ……したいわ……」
隣の寝台を見ると、クジャのお祖母様がニコニコとしながらクジャたちを見ている。女中たちの話を聞くに、クジャのお祖母様は誰よりも自分のことよりも他人を大事にする方だと聞いている。
きっと二人の関係をずっと気にかけていたのだろう。そして二人の気持ちも分かるのだろう。私のように、二人の背中をそっと押そうとしているのが分かった。
「私も遊びに行く約束をしたんです。みんなで一緒に行きましょうね」
そう言ってオオルリさんを見ると、ようやく「はい……」と笑顔を見せてくれた。そしてクジャを見ると、今までにないほどに笑顔を見せていた。
いろんな意味で、トビ爺さんの村に行くのが今から楽しみである。
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