第239話 会談

 一週間や十日ではないほどに私たちはリーンウン国に滞在していた。数日に一度、じいやはレオナルドさんにリトールの町とヒーズル王国との国境に走って行くように強要……いや、指示をし、私たちは無事なことを伝えてもらっていた。

 ちなみにレオナルドさんも私たちと共に滞在し、最初こそじいやの鬼のしごきに泣き言を言っていたが、今では「感覚が戻って来た」と、ヒーズル王国民のような動きになっている。


「カレン嬢たちはずっとこちらに滞在しているのですよね?」


 ニコライさんは私たちに問う。


「えぇそうね。レオナルドさんが言うには、何日かに一度民たちが売買に訪れて、王国に問題ないとは言っているらしいけれど少し心配よね」


 ちなみにヒーズル王国との国境には、まだジェイソンさんが戻っていないらしい。大好きなじいやのいない私たちの国で、ジェイソンさんがどうしているのかもいろんな意味で心配である。


「私は薬の調達に動いていましたから、マークが代わりにリトールの町へと行っていたのです」


「はい。リトールの町ではヒーズル王国の方とお会いすることはありませんでしたが、建築に使うと思われるものがいつも減っておりましたね」


 ということは、建築関係も問題なく進んでいることだろう。何回かお父様とじいやに帰っても大丈夫だと言ったが、お父様は首を縦に振らず「スイレンにタデ、ヒイラギがいれば全て問題ない」と言い切っていたのだ。完全に信頼していなければ出ないセリフに、あの時私は良い意味で鳥肌が立った。


「野菜や果実を私たちも買わせていただきましたが、それはそれは本当に美味で。テックノン王国まで保ちそうにないチェーリやグレップは、私と御者が全て食べましたが……あ、これはニコライ様には内緒でした……」


 そのマークさんの言葉を聞いたニコライさんは口をあんぐりと開け、そして「聞いていないですよ!」とマークさんに詰め寄るが、マークさんは「言っておりませんでしたから」としれっと言い返している。このままではまた収集がつかなくなりそうなので、二人の会話に割って入る。


「ねぇニコライさん。テックノン王国との国境はどうなっているのかしら?」


 私の問いかけにニコライさんはおとなしくなり、こちらを向いてくれた。


「そう! それなんですよ! カレン嬢!」


 数秒前まで駄々っ子だったニコライさんは、急に真面目なトーンになる。


「ヒーズル王国側の山は石灰岩だとおっしゃっていましたよね!?」


「えぇ……見た感じはそうね」


 ニコライさんは本当に表情や感情がコロコロ変わるので、知らない人は不思議に思うのだろう。お父様は話の内容ではなく、ニコライさん自身に興味津々だ。


「こちら側の山は石灰岩ではなくてですね。山を爆破をしていたら、大量の水が噴き出まして中断していたのです。最近ようやくその水の量が少なくなって来たようなのですけど」


 ニコライさんの話に、私たちは頷き相槌を打つ。


「ですが、その場所を爆破すればまた水が出てしまうかもしれません。ですから、今爆破している場所よりももう少し東側を爆破しようと思っているのです」


「こちら側はどこでも大丈夫よ。全部景色も一緒だもの。その辺はニコライさんに任せるわ」


 するとクジャが会話に入って来る。


「ニコライよ。我がリーンウン国もヒーズル王国との国境が欲しいのじゃ。その爆破をこちらもやりたい」


 クジャがそう言うとお父様が口を開く。


「そのことなんだが、最近よく国境付近に行くのだが、あの辺の山はそこまで高さがない。この国の兵たちの筋力強化も兼ねて、削ったらどうだろうか?」


 いとも簡単にとんでもないことを言うお父様に、ハヤブサさんもクジャも呆気にとられている。この国の兵たちにいろいろと教えているじいやとお父様だが、実は二人は他所の国だからとかなり優しく指導しているつもりなのだが、実際は『野獣の如きしごき』と陰で噂をされる程なのだ。


 お父様は準備運動と称して、朝に兵たちと軽くジョギングくらいの感覚で国境まで走っているそうなのだが、兵たちはついて行くのがやっとだそうだ。もちろん、そのおかげで兵たちの筋力も体力も凄まじく向上したのだが、その『野獣の如きしごき』の噂を知っているクジャたちは、軽く言うお父様の発言に引いているらしい。


「いや……しかし……」


「筋力強化とは、それは良い案ですね! すぐに道具を運びます」


 お父様を止めようとハヤブサさんが口を開いたが、言い淀んでいるうちに何も知らないニコライさんが賛同してしまい、ツルハシやスコップなどの道具が運び込まれることになってしまった。ハヤブサさんとクジャは鬼の形相でニコライさんを睨んでいるが、ニコライさんは気付いていない。


「そうでした! カレン嬢! ヒーズル王国で大変美味な油を作っていると聞いたのですが!」


 クジャたちの表情に気付かないニコライさんは真っ直ぐに私を見つめる。


「えぇそうね。ただ大量生産は出来ないから、お値段は高くなると思ってちょうだい。砂糖も作り始めたから、それも買ってくれると嬉しいわ」


「砂糖とな!?」


 苦笑いで発言していると、クジャが隣で叫ぶ。


「テンサインはまだ収穫が出来ないのではないのか?」


「そうなのよ。まだ収穫が出来ないから、違うもので砂糖を作っているの。これは国家秘密ね」


 いたずらっぽく笑うと、ヒーズル王国以外の者たちが感嘆の声を上げる。


「そうだわクジャ。もう少ししたら、大量に砂糖を使わせて欲しいの。その代わり味は保証するものを作るわ。後で砂糖をこちらの国へ持って来るから、使うのを許可して欲しいのだけれど」


 その言葉を聞いた食べ盛りのクジャは、間髪を入れずに言葉を発した。


「カレンが作るのなら間違いないので良いぞ! 楽しみじゃ! してニコライよ。お主はうるさいから早う帰れ」


 唐突に突き放す発言をしたクジャにニコライさんは「酷いです!」と騒いだが、マークさんに「わがままはいけません」とたしなめられ、ニコライさんは一度テックノン王国へと帰ることとなったのだった。

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