第224話 万能草
メジロさんも女中さんも裁縫の腕前はなかなかなもので、手縫いなのにミシンのように目を細かく縫い、それでいてスピードも速いのだ。
「負けてられないわね!」
私が明るく言うと、二人は大人の女性らしく「ふふっ」と笑う。こういう時こそ明るく振る舞うべきなのだ。暗い雰囲気は病人には大敵だ。泣きながら世話をするとそれが伝わってしまい、逆に病人が苦にしてしまうのだ。あくまでも美樹の周りのお年寄りたちの話ではあるが。
そして王家の人々の姿は、この城の人たちにもショックを与えた。私はそんな家臣や女中たちにも元気になってもらいたいのだ。
「あの、カレンさん?」
黙々と縫い物をしていた女中が口を開いた。
「何かしら?」
「なぜ使い古した布なのですか? 王家の方たちの肌に触れるものなら、新品の布のほうが良いのでは……?」
恐る恐る、といった感じで女中は私に問いかけた。
「ちゃんと理由があるのよ。新品の布は硬いでしょう? お二人の肌は今とても敏感な状態なの。だから刺激を与えないように、柔らかくなった使い古した布が良いのよ。使う場所も場所だしね」
そう言うと二人は感嘆の溜め息を漏らした。けれど、これは近所のおばあちゃまが言っていたので本当かどうかは分からないが、私は自信満々に言い切った。
そのまままた三人で縫い続けていると、じいやとスズメちゃんが万能草の採取を終えて戻って来た。
「姫様、これで間違いないですかな?」
「……うっ!」
大きなザルに入れられたそれは、間違いなく私の嫌いな臭いを放っている。植物のくせに臭いだけで存在感がすごいのだ。
「……間違えようのない臭いだわ……」
ゲンナリしながらそう言うと、辺りは笑いに包まれる。リーンウン国で「万能草」と呼ばれるだけあるこの植物は、本当に万能なのだ。ただ一度庭に生えてしまえば駆逐は難しく、刈り取る度に辺りに独特の臭いが漂うこの植物は、日本ではドクダミと呼ばれるアレだ。
私の表情を見た全員が「本当に苦手なんですね」と言うくらい、感情が顔に出まくっていたのだろう。
「干したものなら保管していますよ。干すとこの香りも薄れますし」
メジロさんは気を使って、苦笑いでそう言ってくれる。
「ううん……生じゃないといけないのよ……あっ、刻むか、すり潰す道具はあるかしら?」
そう聞けば、スズメちゃんは元気に「あります!」と答えてくれた。そして私の様子を察して、じいやとすり潰して来ると言い残し、二人はどこかへ行ってしまった。
縫い物をしつつ、ときおりクジャのお祖母様とお母様に水を飲ませ、横向きに姿勢を変えることの重要さとやり方などを教えていると、じいやとスズメちゃんが器にこんもりとドクダミをすり潰したものを持って来てくれた。
「……強烈だわ……今からお二人のお肌をさらすから、じいやは外で待っていてちょうだい……」
日本のものよりもさらに臭いがキツく感じるそれを受け取り、扉を閉めて処置をすることにした。本当ならこのドクダミを貼り付けておけば効果は抜群なのだが、あの『空の間』で数日間放置され、汚物が付着していた肌は酷いかぶれも起こしていた。それでなくとも極度の栄養失調状態で皮膚の調子も悪い。なのでおむつ交換の時や、姿勢を変える時に絞り汁を塗ることにした。
後頭部や肩甲骨辺り、肘に背中に腰にお尻、そしてかかとの状態を見せ、床ずれについての説明をしながら、おしめ用のまだ塗っていない布にすり潰したドクダミを載せ、布に汁を滲ませる。それを優しく患部に塗っていると、痛いのかお二人は小さなうめき声を発していた。
「ごめんなさい! 痛かったかしら!? お辛いでしょうけど、お肌の状態を良くする為なので許してくださいね」
そう声をかけると、お二人共に目は瞑ったままだが、肯定とも取れる「……ん……」という小さな声を発してくれた。
「あの、カレンさん。お二人のお食事はどうしたら良いのですか?」
一通り処置が終わったあとに、メジロさんに質問をされた。
「それも私が作るから、部外者の私が厨房に入っても良いか確認をとってください」
そう言うとメジロさんは「スズメ!」と、スズメちゃんに声をかけると、「はい!」と元気なお返事をして部屋から出て行った。厨房に行ってくれたのだろう。そのスズメちゃんの後ろ姿を微笑ましく見ていると、扉の隙間からお父様が顔を覗かせた。
「カレン、少し良いか?」
「お父様!」
廊下へと出ると、お父様の後ろにはレオナルドさんがいたが、二人ともこの国の服を着ている。着物や浴衣のようなデザインだが、体の中心部分をボタンで留める服だ。男性のほうが丈が短く、膝丈の上着の下には同じ色のズボンを履いている。
「着替えたの?」
「あぁ水浴びをさせてもらった。後でカレンとじいも行くと良い。それでクジャク姫が目覚めたのだが、カレンを呼んでいてな。迎えに来たのだ」
「分かったわ。私もこれからのことを話したいから、メジロさんも一緒に行きましょう」
そう声をかけ、元々一緒にいた女中と、お父様たちを案内して来た女中の一人をその場に残し、私たちはクジャの元を目指した。
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