第225話 サギへの処罰

 クジャを一人にしないように、クジャのお父様たちの部屋に運んでもらったが、その部屋にまだ到着していないのに「カレン! どこじゃ!?」という叫び声が聞こえる。苦笑いでその扉を開けると、いろんな意味で疲れ果てた顔のクジャのお父様が、椅子に座り溜め息を吐きながらクジャを見ていたところだった。


「クジャ! クジャのお父様もお兄様も病気なのよ! 静かにしないとダメじゃない!」


 少しきつい言い方をすると「そうじゃった……」と、クジャは急に大人しくなった。それを見たクジャのお兄様のチュウヒさんは、笑いたくても体の調子が悪くて上手く笑えないようで、「グフッ」という微妙に辛そうな声だけを漏らしていた。


「改めて……礼を言わせてもらおう……リーンウン国王……ハヤブサだ……」


 そう言ったクジャのお父様であるハヤブサさんは、握手をしようと片腕を上げようとしている。無理をさせないよう小走りで近付き、握手をしたあとにその手をそっと膝の上に戻した。病は気からと言うが、呪いではなく治ると分かったハヤブサさんは、目には力強さが戻り、威厳も増している。


「先程……モクレン殿と……レオナルド殿とも話し……サギの処罰を決めた……」


「え?」


 聞けば、他の者と一緒に牢に入れられようとしていたサギを止めたのは、お父様とレオナルドさんらしい。そしてお父様たちはハヤブサさんに掛け合い、三人で話し合った結果、サギはあの『空の間』に幽閉し、自分のしでかしたことを反省させているとのことだった。


「まさか……あの寝台に寝かせているんじゃ……?」


 恐る恐るお父様に問いかけると、「当然だ。だから着替えたのだ」と平然と言う。

 クジャのお祖母様とお母様が寝かせられていたあの寝台は、かなり大きなものであった。そしてあの惨状からもう使えないと判断し、私は汚れきっていたお二人の下半身を寝台の上でそのまま洗い流したのだ。そしてお二人の着替えなどは濡れていない場所を使って行った。

 そこにサギを寝かせ、「意識はあるのに動けない苦痛を思い知れ」と、お父様とレオナルドさんはサギの関節を所々外したそうだ。あまりにショッキングな内容に、私もクジャも絶句してしまう。


「私情は挟みたくないが……サギのしたことは……許せなかった……」


 ハヤブサさんは言い切った。私もクジャも何も言えずにいる。「やり過ぎ」と言うのは簡単だが、サギのしたことはそれ以上だ。罪の償わせ方はいろいろとあるが、命を軽視したサギにはこの国の王がその償わせ方を選んだのだ。目には目を、ではないが、この国の王族ではない私には何も言うことが出来ない。そんな私やクジャの気持ちを察したのか、ハヤブサさんは口を開いた。


「今日から……肉も解禁だ……。食べねば……治るものも治らないからな……」


 辛そうではあるが、明るく言おうとするその言葉に私は反応し、大声を出した。


「そうだわ! そのことで言わなければいけないことがあるの!」


 慌ててそう叫ぶと、クジャの横で黙っていたモズさんや、チュウヒさんのお顔の手入れをしていたモズさんの息子さんも近くに来てくれた。名前はコゲラさんと言うらしい。メジロさんと並び、私の話を聞こうとしてくれている。


「えぇとね、王家の皆さんは極度に栄養不足の状態ですが、いきなり食べるとお亡くなりになる可能性が高いです」


 ハッキリと言うと部屋中の全員がどよめく。かの秀吉の兵糧攻めの話が有名だが、降伏を許した後に城から出て来た極度の空腹状態の兵士にお粥を振る舞ったら、そのほとんどが死んでしまったという話がある。食べ過ぎて胃が破裂した、なんて話もあるが、実はリフィーディング症候群だったと言われている。

 医者ではないので詳しくは分からないが、極度に栄養不足なのにいきなり栄養を与えすぎると、その栄養を摂取しようと体が頑張った結果、リンやマグネシウムが欠乏して心不全などを引き起こし、死に至ってしまうらしいのだ。


「だから、最低でも今日と明日は私が作ったもの以外を口にするのを禁止します。今、厨房を使わせてもらえるかスズメちゃんが確認に行っているの」


 そう言うとクジャが立ち上がる。


「確認などいらぬ! 例えダメと言われようが、わらわの権限で許可するのじゃ! のう、父上!」


 クジャがそう言うと、ハヤブサさんは頷く。


「だが、さすがにその姿で厨房に入るのはいかんな。カレンよ、水浴びに行くぞ。ついてまいれ」


 今さら気付いたが、私が着ている服には排泄物や膿、さらにはドクダミの臭いまでも付着し大変なことになっている。誰もそれを指摘しない程、皆が目の前のことに一所懸命だったのだろう。それを指摘し、水浴びに行くと言うクジャに自由奔放さが戻った。気持ち的にも少し元気になった証拠だろう。


 クジャの後ろに続き、案内されたのは城の浴室だった。シャイアーク国の、一般家庭であるブルーノさんの浴室よりも遥かに広い。


「シャイアーク国では拭くだけであろう? わらわたちは水を浴びるのじゃ」


 浴室の一部に井戸があり、そこから水を汲むらしい。そして床はすのこ状の板張りとなっている。


「冬はどうするの? さすがに寒いんじゃない?」


「……我慢じゃ。どうにもならん時は湯を沸かす」


 私の質問にクジャは苦笑いで答えてくれた。そして何かを思い出したように、クジャはハッとする。


「連れて来たは良いが……カレンの着替えを持って来ていないのじゃ……」


 クジャらしい失態に二人で笑っていると、メジロさんが慌てた様子で着替えを持って来てくれた。


「あの……わがままで申し訳ないのだけれど、もう少し動きやすくて、体にピッタリ合うものが良いのだけれど……」


 そう言うと、クジャとメジロさんは顔を見合わせ何か話し合っている。


「今度こそわらわが持って来るのじゃ。カレンは存分に水を浴びると良い」


 そう言ってクジャはどこかへ行ってしまい、メジロさんは「お召し物の準備が整いましたら声をかけます」と、その場に留まったのだった。

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