第205話 カイマキ

 朝食後、あちらこちらから声がかかる。どうやら今日はいろんな作業を見て回ることになりそうだ。


 最初に呼ばれたのはナーの花畑方面だ。てっきり作物などについて呼ばれたと思っていたのだが、なんとコッコが産まれたと言う。確認してみるとチキントラクター内では、ピヨピヨと雛の声がする。


「ど……どうしたら良いのでしょう?」


 エビネは今までに何回かコッコに突かれたらしく、少々怯えながらも質問をしてくる。


「そうね、たまに寝床用にムギンの藁を足したり、ムギンのふすまを与えるくらいで良いと思うわ。たまにキャベッチを与えると喜ぶわよ」


 そう説明しながら他のチキントラクターも確認するが、そちらでも雛が産まれているようである。


「増えたということは、食べる量も増えるということよ。どんどん雑草を食べてくれるはずよ」


 畑の中でそんな立ち話をしていると、次の場所から声がかかる。そちらに向かうと新しい立派な作業場が完成している。


「姫様、窓をたくさん作り風通しを良くしましたよ!」


 作業場を作った代表の者がニコニコと説明をしてくれる。どうやら頼んでいた砂糖を作る作業場のようだ。この作業場を見習って、先に作られた油を作る作業場の窓を増やしたと言うから驚きだ。

 作業員も多いわけではないので、しばらくは一日おきに油と砂糖を作ると言う。どちらも火を使うので暑さが大変なのだが、民たちはこの国の為になるならと、そして自分たちもそれを使った料理を食べたいから、何も苦ではないと言ってくれる。


「本当に何から何までありがとう」


 素直に思ったことを口にし、頭を下げると「お止めください!」と慌てふためかれてしまった。そうは言われても、王族だからと感謝をしない人間にはなりたくないので私も譲らない。しばらくお互いに頭を下げ続け、笑いが込み上げてきたところでようやく終了となった。今日はこの後に油を作ると言うので、私は作業場から出ることにした。


 てくてくと歩いているとお母様の声が聞こえる。


「カレン! 時間があるならこちらへ来て!」


 普段あまり大声を出さないお母様が、私を呼び止める為に叫んでいる。何事かと思い久しぶりに布作りの場へと向かった。いつの間にか布作りの場は屋根が出来ており、例えるなら大きな東屋のようになっている。屋根のおかげで強い日差しや、たまに降る突発的な雨を凌ぐことが出来る。床はあるがあえて壁を作っていないのは材料の持ち運びに両手を使うからだろうか?


「いつの間に屋根を?」


 そう聞けば、ここにいる女性陣で建てたと言う。驚いていると、壁を作ろうともしたが、壁を作るよりも布を作ろうという話になり、そのままになっていると言うので笑ってしまった。私の大雑把さが伝染してしまったのかと少々不安になってしまう。


「ところでカレン、保管しているコートンが大変な量になってしまっているのよ。布や糸、受粉作業以外に何か良い使い道がないかしら?」


 お母様はそう言ってパンパンに膨らんだ麻袋を叩いている。どうやら中には綿ことコートンが詰め込まれているようだ。その麻袋の量は数えるのも大変なことになっている。

 最初に思い付いたのは布団だった。私がこの世界で目覚めた時は民たちは地面にそのまま寝ており、私は木のベッドに寝ていた。ベッドとはいっても木の板の上にそのまま寝ていたのだが、今では皆がムギンの藁を縛ったものを並べ、その上にシーツ代わりに布を敷いて寝ている。

 日本スタイルの敷布団、掛布団は大変魅力的だが、毎日の上げ下ろしや布団干しをしなくてはならない。まだ本格的な家が完成していないので、引っ越しの時に大変になってしまうだろう。かと言って夜の冷え込みや、これから来る冬にも備えなければならない。雪は降らないが寒さ対策はしなくてはならない。


「……かいまきなんてどうかしら?」


「カイマキ?」


 聞き慣れない言葉にお母様たちは首を傾げる。


「えぇと……簡単に言うと服の中にコートンが入っているの」


 美樹はこのかいまきを重宝していたが、同級生で使っている子を知らない。着物の形をしたものに綿が入っており、着ていても暖かいし、着たまま眠ることも出来るし、脱いで布団のように掛けて寝ることもある。非常に優秀な防寒寝具なのだ。


「服と言っても外へは着て出ないのだけれど、家の中や眠る時に使うものなのよ。……作ってみる?」


 答えは分かっていたが、全員が笑顔で頷いた。けれど作ったことがないので正式な作成方法は分からない。記憶の中のかいまきを思い出しながら作ることになった。

 まず布を用意しようとしたが、女性陣は毎日せっせと布を作っていたので困らないくらいにあった。太めの木の枝に巻き付け、手芸店の棚にあるような形になっている。驚きつつもその布を裁断し、近所のおばあちゃまと浴衣を作った日のことを思い出しながら作る。だが今日は試作品ということで、全て直線状に、本当に簡単に作ることにする。

 綿打ちの代わりに櫛のようなもので綿をとかし、ある程度平たい状態にしたものを布と布の間に敷き詰める。それを着物の形に縫い上げ、座布団の真ん中にある締め糸のようなものを全体に作る。これは布と綿がずれないようにするためのものだ。

 最後に襟の部分が汚れないように半襟を縫い付け、試作品が完成した。


「今日は簡単に作ってしまったけれど、大体こんな感じのものよ。コートンを増やせばもっと暖かいわ」


 作ったものをお母様の背中に羽織らせると、お母様は「軽くて暑い」とアピールしている。やはりこの世界でも女性の冷えはあるらしく、女性陣は「寝る時用に作りましょう」と一致団結してかいまきを作り始めたのだった。

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