第206話 巡回

 お母様たちは作業に夢中になってしまったので、そっとその作業場を離れる。すると、ちょうど木の伐採を終えた者たちが丸太を担いで戻って来た。


「ちょっと良いかしら? ハゼの木と言う木を探しているのだけれど、似たような名前の木はあるかしら? 樹液に触るとかぶれるのだけれど……」


 聞けば『ハンゼ』と言う木があると言う。


「弓に使われたりするのですが……」


「あぁ! それよ! 小さくても良いから弓が欲しいのよ」


 私の発言に「狩りをするのですか?」と問われたが、狩りをするわけではない。私とのやり取りを聞いていた者が「余っている弓がある」と、わざわざ家まで取りに行ってくれた。

 手渡された弓をまじまじと見つめるが、実は弓を持ったのは初めてなのである。


「あの……狩りをするのではないのだけれど、お母様たちに必要だから使っても良い?」


「もちろん、お好きにお使いください」


 弓をくれた者はそう言うが、どう使うのか興味を持ったようで一緒にお母様たちのところへ向かう。


「みんな! 少し場所を開けてちょうだい」


 弓を持って現れた私にお母様たちは驚いている。


「さっきはすごく簡単に作業してしまったのだけれど、コートンはこれを使うとふわふわになるのよ」


 実際にやったことはないが、昔の綿打ち作業には弓が使われていたのである。本で読んだ知識を思い起こし、コートンを一掴みほど取り出して床に置く。その上に弦が来るようにして弓を寝かし、軽く弦を弾いていくと、本で読んだ通りにボール状だったコートンがほぐれふわふわの綿になっていく。


「この通り、風があると飛んで行ってしまうから室内でやるのが良いのだけれど」


 作業をしていた子どもたちは、飛んでしまったコートンを捕まえるために走り出す。それを見ていた弓をくれた者が「私が壁を作ります」と、名乗りを上げてくれた。そして綿打ち作業は子どもたちがやることに決まったようだ。


 今度こそ本当に作業場を離れ歩き出す。向かう先は住宅予定地だ。


────


「ずいぶん作業が進んだのね!」


 声をかけると最初に反応したのはブルーノさんだった。


「カレンちゃん! こんな感じで良いのかな?」


 現場監督として立っていたブルーノさんは地面を指さす。その先では食べ物の貯蔵庫として使えるように、地下室となる場所を掘っているのだ。穴の中からヒイラギ、イチビ、シャガ、そしてジェイソンさんが顔を出す。


「姫!」


 穴の中からヒイラギが飛び出し、皆に「休憩にしよう」と声をかけると、全員が穴から出て来た。


「ごめんなさいね。お父様がじいやもタデも連れて行ってしまったし、オヒシバたちに買い物を頼んだり……人が少なくて大変でしょう……?」


 謝りながらも、気になっていたことを聞いてみる。


「私は作業がゆっくりになった分、リトールの町に帰らなくて良いから毎日が楽しいよ」


 すっかりこの国を気に入ってくれたブルーノさんはそう言って笑うが、リトールの町がかわいそうで苦笑いしてしまう。


「私たちも、これ位の人数のほうが動きやすいよね?」


 ヒイラギがそう言うと、イチビたちも頷いている。もちろんその中にジェイソンさんも含まれているのだが。


「……ジェイソンさん、いえ、ブルーノさんもだけれど、お客様なのに働かせてしまって……何と言ったら良いのかしら」


 苦笑いで話すとジェイソンさんが反応する。


「いや、私は体を動かしているのが好きなんだ。そして先生のお側に居られる。こんなに幸せな日々は何年ぶりだろうか。毎日楽しくやっているから大丈夫だ!」


 ジェイソンさんはにこやかに話し、「逆に毎日たくさん食べてしまって申し訳ない」と、大食いを自覚しての謝罪をしてくれた。料理のレパートリーは少ないが、何を食べても美味いとジェイソンさんは食事に対して不満を思っていないらしい。

 ブルーノさんも好きな仕事をし、この国に来て悠々自適な生活をしていて、不満どころか満足すぎると言ってくれた。


「何かあったら言ってちょうだい。出来る限り対処するから。……少しお父様たちの様子も見てくるわ」


 そのまま私は水路の脇を歩きながらオアシスを目指す。時おり立ち止まりヤンナギの様子を見るが、しっかりと根が張り成長に問題はないようだ。


────


「……」


 オアシスに着いた私は呆然としている。人も道具も少ないので一気に作業が進むわけではないが、目の前には畑で見かけるような、害獣防止柵のようなものをオアシスの周囲に設置し始めていた。

 お父様が丸太を砂地に打ち込み、じいやとタデが編んだ鉄線を、害獣が掘り返すことが出来ないよう深く砂地に埋め込んでいる。

 そしてじいやとタデがその編んだ鉄線を支え、お父様が半端な鉄線で固定している。


 まだ害獣のいないこの地で、本気で害獣対策をし始めたお父様にどう声をかけたら良いのか分からなく、私はしばらく棒立ちでその様子を眺めていたのだった。

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