第190話 ペーターさんのために3

 川からの帰りは石管作業の現場でお父様とスイレンと別れ、住宅予定地で全員と別れ、ポニーとロバと川の生き物たちとで広場に戻った。樽をいくつも積んで戻って来たからか、それを見たお年寄りたちがまた集まってくる。樽の中に魚がいると分かると手を叩いて喜んでいる。最初はあんなに怯え気持ち悪がっていたのに、一度味を占めるとこんな風に真逆の態度になるなんて、美味しさとは罪なものである。

 それはさておき私は今日憧れの料理を作る予定なのだ。どうしても食べたかった、普通の日本では作るのが無理であろう豪快な料理だ。その材料を確保する為に畑へ入って行くと途中でエビネとタラに出会った。エビネはちょうどトウモロコーン畑にいたので、すき込み予定のトウモロコーンの幹と葉をまとめて広場に持って行ってほしいと頼んだ。それが終わったらオーブンの近くに大きな穴を掘ってほしいとも。タラには私と共にバナナ畑に同行してほしいと頼んだ。


「……久しぶりに見るととてつもなく大きくなったわね……」


「いえ、毎日見ていても大きいです」


 バナナ畑、と言ってもまだ一本しか生えていないが、だからこそなのか見上げる程に成長したバナナの木に驚き呟くとタラは苦笑いで返答してくれたが、森の民が知らない植物でなおかつこんなにも大きく育つその様はかなり奇妙なことだろう。葉の数も多かったので木に登り、数枚刈り取ったがその一枚の大きさは私の背丈より少し小さいぐらいだ。二人で巻物のように巻いて広場に戻った。


「姫様、穴とはこの位で良いですか?」


 広場に着くとエビネに問われた。子どもが数人すっぽりと入りそうな穴を掘ってくれている。


「ありがとう。一度中で火を起こしてもらえるかしら?」


 薪を入れて火を起こしてもらい、その中にどんどんと石を入れていく。石が焼けるまで時間がかかるので私は料理の準備をする。レンガオーブンにも火を起こしてもらった。その間に手の空いている者にべージル、ガンリック、ジンガーを採って来てとお願いする。皆が食べやすいように頭と鱗や内臓を取り除くが、今捌いているのは大きなイワナっぽい魚とニジマスっぽい魚だ。腹の中を洗いそれぞれを分けておく。この二種類を捌き終わる頃、頼んだ香草が届いた。

 イワナもどきは軽く塩と酒をかけて、適度な大きさに切ったバナナの葉に包んでいく。ニジマスもどきは細かく切ったべージルとガンリックをまぶし塩をかける。これもバナナの葉に包む。気付けばいくつもの包みが出来ていた。

 穴の確認をすると石が焼けているようなので、ここにトウモロコーンの葉などを入れてからバナナの葉を敷く。その上に魚を包んだバナナの葉を載せていく。そしてまだ使っていないバナナの葉を重ねて穴を塞ぎ、風などで飛ばされないように置き石をする。


「うふふ。食べてみたかった蒸し焼き料理なの」


 豪快な調理法に夢中になっていた民たちに言えば、なぜか拍手が起こった。この蒸し焼き料理は数時間かかるらしいのでこのまま放置だ。

 次の料理を作ろうとすると皆が手伝うと言ってくれる。以前は放流したが今回は小さなウグイもどきとアブラハヤもどきを獲って来た。骨ごと食べる為に小さなものを選んだが、それでも内臓を取ると皆も捌き方を覚えたいと一人、また一人と作業に参加してくれた。これは唐揚げにする為に小麦粉をまぶすが、エビことエービも同じようにする。揚げ物をやってみたいという民に、充分に油に注意するように言い任せる。

 そして何匹かのエービの頭で味噌汁を作ろうとするとそれも作らせてくれと頼まれた。皆でペーターさんへの料理を作りたいとのことだった。ならば私は次の作業に取り掛かろう。ピーマン、キャロッチ、オーニーオーンを切りさっと炒める。そして砂糖とセウユ、少量の酒にリーモンの搾り汁を入れて混ぜ、炒めた野菜を入れる。さらにその中にエービ以外の揚げ物を入れて食べるまで漬けておく。南蛮漬けとマリネの中間みたいな料理を作ってみたのだ。揚げてさらに酸味の汁に漬ければ不味いと言われる魚も美味しく食べることが出来るだろう。


 ここからはパンを作るために一人で作業をする。部屋に戻ると生地は大きく膨らみ一次発酵が終わっているようである。ボウルごと外へ運び出すが朝とは違う生地の様子に民たちは気持ち悪がり近付いて来ない。好都合だ。オーブンの近くに作業台を運び、生地を団子くらいの大きさに丸めて板に載せ濡れ布巾をかけておく。ちぎっては丸めを繰り返しているうちに、最初に丸めたパンの二次発酵も終わったようである。あとはオーブンに入れるだけだ。

 パン生地を作りながら時おりオーブンの中を見て、焼き場所を変えたりする。およそ十五分から二十分ほどでパンが焼きあがる。


「誰かカゴを持って来て!」


 そう叫ぶと近くの民が来てくれたが、香ばしいパンの香りに驚いている。焼き上がったパンをカゴに入れては新たにパンを焼いていくと、どんどんと人が集まって来た。その中にはお父様たちやお母様たち、じいやたちまでもがいる。


「え!? もうそんな時間なの!?」


 気付けばもう日が暮れ始め、皆はパンの香りにつられて集まって来ていたようだ。最後のパンを焼き終わり、地面で作っている蒸し焼きを開封する。石を退けバナナの葉を寄せると一気に水蒸気が噴き出す。充分に蒸されているようなのでヤケドに気を付けながら包みを取り出し、テーブルへと運んだ。


「ペーターさん。ヒーズル王国の皆で作った料理よ。存分に堪能してね」


 ニジマスもどき料理は味が付いているので切り分け、皆の皿に取り分ける。イワナもどきはジンガーとガンリックを細かく刻んだものに砂糖とセイユにリーモン汁を混ぜたタレをかけて切り分ける。揚げ物のリーモン漬けも配り、エービはシンプルに塩を降って食べてもらう。汁物はエービの頭とキャベッチの味噌汁だ。

 私が食べたかったバナナの葉の蒸し焼き料理はそれは美味で、あちらこちらから「美味い!」の声が上がる。そして……。


「これはまさかブレッドか!? こんな美味いものは初めて食べる!」


 焼きたてのパンを食べたペーターさんが口を開いた。


「えぇ。ほのかなアポーの香りがして美味しいでしょう?」


 その言葉に朝の様子を見て手を付けないでいた老人たちが食べ始めると、フワモチの食感とアポーの香りに歓喜の声を漏らしていた。


「ねぇカレン……これって今朝の腐っ「ていなかったでしょう?」」


 目玉が飛び出そうなほど目を見開くスイレンにドヤ顔をしてやった。

 そしてその日は珍しく、焚き火をしてまでペーターさんとの別れを惜しむ食事会を楽しんだのだった。

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