第157話 貯水池

 翌朝になり広場へと行くと民たちは私を見てそわそわとしている。何かあったのかと問いかけると、タッケノコを食べたいと言うではないか。よほど気に入ってくれたようである。そんな嬉しいことを言ってくれる民たちの為にさっそくタッケノコ料理を作ることにしよう。


 茹でてそのまま鍋に入れていたタッケノコを取り出し皮を剥く。茹でてそのままにしておくとアクが抜け、ゆっくりと冷ますことによって茹で汁に出た旨味がまたタッケノコに浸透するのだ。料理人ではなかった私は昨夜と同じ切り方にしか出来なかったが、民たちは食べ物の見た目にはこだわりが無いようなのが救いだ。

 昨夜のようにシンプルにセウユをかけて食べるのも良いが、これから仕事を始めるみんなの為に『変わり種』ならぬ『変わりダレ』を作る。とは言ってもここにある調味料は限られている為、ミィソと砂糖を混ぜ合わせた甘じょっぱいタレを作り、切ったタッケノコにかける。


「さぁどうぞ召し上がれ」


 そう言って大皿を出すと飛ぶように無くなっていく。このなんとも言えない食感はかなり好評で、昨夜の焼いたタッケノコ本来の香りを感じるものも、この柔らかくなったタッケノコも老若男女に好まれたようでホッとする。


「……カレンよ、危険がないのであれば、たまに行くのは許可しよう……」


 いつの間にか後ろにいたお父様はボソっと呟くと、お母様に何かを言われる前にタデと共に水路の方へと走って行った。遠回しに「また食べたい」ということなのであろう。


 食事の後片付けを終えた私は昨日のメンバーと共に貯水池の予定地へと向かう。人工オアシスではお父様とタデの二人だけで蛇籠作りと蛇籠積みをしていたが、話しかけるなオーラが出ていた為、私たちは昨日の続きを始める。


「このタッケの排水管だけれど、あまり長くしても不具合が起こった時に大変だからこの辺に貯水池を作ってしまわない?」


 みんなも私の意見に賛成のようで、すぐに砂を掘り始める。この貯水池もオーバーフローした時の為にタッケの排水管を設置予定だがその排水先は川だ。その川まではそこそこ距離があるので、池自体を細長く川の方向へ伸ばそうという結論に至った。

 しかし問題点がある。川へ向かう方向は小さな砂の山、砂丘がいくつもあるのだ。高さはそれほどないが崩すのはかなり骨が折れるだろう。それでも掘らないことには先に進まないので、私もスイレンもスコップを持ちひたすらに砂を掘った。


 休憩や昼食は広場に戻って食べたが、私たちはひとかたまりになって貯水池について話しながら食事をし、そしてまた午後からもひたすら砂を掘っていた。作業が進むにつれ会話もなくなり全員が黙々と砂を掘っていた。そこまで深くない位置にある岩盤が露出すると場所を変えて掘り進む。あまりにも集中していた為に最初は気のせいかと思ったが、何やら視線を感じる。ふと顔を上げて見ると、いつの間にかお父様とタデがこちらの作業に参加しておりチラチラと私たちを見ていた。


「お父様! タデ! いつの間に?」


 私が驚いて声を上げると全員が顔を上げ驚いている。みんなもまた掘ることに夢中になっており、お父様たちがいたことに気付かなかったようだ。


「……あちらの作業が終わったのでな……」


 少しうつむき加減でお父様はそうポツリと話す。タデもまた同じように元気がない。二人ともお母様とハコベさんに相当絞られたようで、そのダメージがまだ癒えていないようだ。けれど私はそんなお父様たちをその場に置き去りにし人工オアシスへと走った。


「……嘘でしょ……蛇籠が全て積まれているわ……」


 私を追ってきたスイレンもその光景を見て唖然としている。普通で考えればあと数日はかかりそうな作業量だったのだ。その証拠に水路の蛇籠積みはまだ終わっていない。

 自分の妻に正論を言われ反論も出来ず、そして尻に敷かれる程ではないが頭が上がらないという悲しい男のやり場のない思いを全て蛇籠にぶつけたのだろう。そんなことを察してしまったが、それを悟られるとさらにお父様たちはダメージを受けてしまうことだろう。私たち姉弟はアイコンタクトをとり、双子ということもあって言葉に出さずとも会話を成立させた。私たちは一つ頷き貯水池へと戻る。


「お父様! タデ! さすがだよ! 完璧に作業を終わらせているんだもん! 排水管のところなんて説明もしていないのにすごいよ!」


 スイレンがおだてると「そ……そうか?」と少し嬉しそうにお父様は顔を上げた。じいやたちは無言を貫き私たち姉弟に全てを任せようという算段のようだ。


「ちょうどお父様とタデの力を借りたかったのよ! ここは細長い貯水池にする予定なのだけれど、あの砂の山を崩すことが出来るのはお父様だけよ! ここに埋まっている岩を蛇籠用に誰よりも上手く砕けるのはタデよ!」


 私がそうおだてると二人は顔を上げた。


「この程度の砂山など私一人で充分だ」


「ここにも蛇籠を設置するのだな? いくらでも岩を砕いてやる」


 二人は完全に覚醒し、お父様は言葉通り砂山を蹴散らし、タデはラッコのごとく岩を高速で砕いている。ちらりとじいやたちを見れば皆目立たないように親指を立てている。今回の事件で良く分かった。拗ねたお父様とタデはものすごく面倒くさい人となるので、あえてみんなが避けるということを。私とスイレンは夕方までお父様とタデを持ち上げ続けた。おかげで作業はとてつもなく進んだことは言うまでもない。

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